閑話 - 次期侯爵ケネス・クラウンベルツの憂鬱
ケネス・クラウンベルツは今年20歳になるクラウンベルツ侯爵家の嫡男で、バルディス王国の外相として働く父の補佐をしている。
外相の仕事は必要な場合は外国も含めあちこち出回るが、必要ない場合はほぼほぼ王城での内勤業務である。
仕事内容に不満はない。
仕事仲間にも恵まれていると思う。
ただ一つ、最近しつこく頭を悩ませていることがある。
それは妹のジュリアに関することだ。
「ケネス殿。業務ご苦労様。」
後ろから声をかけられ、ドキリとする。
ケネスはこの声の主に心当たりがあった。
「…これはお声かけありがとうございます。スタンリー殿下。」
振り返ると、美しい金髪に宝石のような金の瞳を持つ恐ろしく顔の整った青年が立っていて、こちらをニコニコ見ていた。
「そんな堅苦しい挨拶はやめてよ。昔みたいに気楽に話して?」
「それはその…王城の中ですので。」
2人きりの時ならまだしも、いくら幼馴染とはいえ他の人の目がある中で気楽に話すことはできない。
「そっか。何だか最近皆よそよそしくなっちゃって。…寂しいなぁ。」
スタンリーは寂しげに笑う。
ケネスはスタンリーが今、誰を思い浮かべているのかを知っている。
「…それで、ジュリアとは話ができましたか?」
「…うん、話したよ。生徒会室に来てもらって。でもやっぱり断られちゃった。」
ケネスがスタンリーに呼び止められるとき、話題は十中八九ジュリアについてだ。
「あいつはこうと決めたら頑固ですからね…。」
ケネスはジュリアの性格をよく知っている。
「自分の考えをしっかり持っているからね。…もちろんそういうところも好きなんだけど。」
そしてスタンリーもまた、ジュリアの性格をよく知っている。
ジュリアは頑固ではあるが我儘ではない。
いざとなれば王命でも何でも使ってジュリアを半ば強制的に従わせることはできるだろう。
しかしスタンリーはそれをしない。
ジュリアの凛とした誇り高さに惚れているからだ。
自分の力で咲いている花を、強い力で手折るようなことはしたくないのだ。
「今度の茶会のときでも、またゆっくり話してみてください。」
今週の日曜日、王妃の主催で王宮茶会が開催される。
高位家門の年頃の令嬢には招待状が配布されている。
茶会とは名ばかりの集団見合い、つまりスタンリーの婚約者探しの場だ。
「…そうだね。またジュリアの話、聞かせてよ。同じ学院にいるとは言っても、僕もなかなか会えないんだ。」
そういうとスタンリーは片手をあげてヒラヒラと振って去っていった。
どう声をかけていいかも分からず、ケネスはその後ろ姿を黙って見送った。
**************
そして日曜日。
王宮茶会の準備のため業務が早く終わると、ケネスは王城を後にしてクラウンベルツ邸へと戻った。
玄関の大階段を登っていると、上から声をかけられた。
「あらお兄様、おかえりなさい。今日は早かったのね。」
ーーージュリアが何でここにいるんだ??
ケネスの頭は一瞬混乱した。
今頃、王宮では茶会の真っ最中のはずだ。
ジュリアにも招待状は届いていたし、当然参加するものと思っていた。
「王妃様主催の王宮の茶会があったから陛下が早く仕事を切り上げられたんだよ。そういえば、ジュリアは茶会に行かなかったのかい?」
混乱する姿を見せまいと、ひたすら平静を装う。
「ええ。先約があったのでお断りしました。」
ーーー先約だと!?王宮の茶会を断るほどの先約とは一体…??
「先約か、それはまた…。それで、着飾ってどちらにお出かけで?」
「学院で親しくさせていただいてる、ユノアルド様の邸にお呼ばれしたのよ。」
「ユノアルド…。大公国か。確か次男殿とジュリアが同級生だったかな?」
「そうです、イグニス・ユノアルド様。今日はイグニスのお兄様もいらっしゃるようなので、ご挨拶してまいります。」
ーーーユノアルドの兄といえば…アリアス・ユノアルド。令嬢達に『白銀の剣士』と持て囃されているのではなかったか。
「そうか。気をつけて行っておいで。」
きちんとした手順で断りを入れているならば自分が口を出す筋合いもない。
ケネスは出かけるジュリアの美しい後ろ姿を見ながら1人呟いた。
「気の毒に。…スタンリー。」
**************
さらに3週間ほど経った日曜日。
ケネスが午後から所要のためダイニングで早めの昼食を摂っていると、何やら玄関に客が来たようだった。
用を確かめようと玄関へ向かうと、そこには銀髪に金色の瞳、長身で非常に体躯の良い青年が立っていた。
「君は…アリアス殿かな?」
「お初にお目にかかります。アリアス・ユノアルドと申します。」
アリアスはケネスに向き直ると、胸に手を当てて丁寧に挨拶をした。
「これはご丁寧に。ジュリアの兄のケネスです。今日は、ジュリアと約束でしたか?」
「はい。本日はジュリア嬢の時間を拝借します。」
アリアスはニッと笑って恭しくお辞儀した。
ーーーなるほど、令嬢達が騒ぐのも頷けるほどの美丈夫だ。
「…大事な箱入り娘ですから。宜しく頼みますよ。」
念のため、変なことを考えないように釘を刺しておく。
「承知しました。目的地が少々遠いため帰りが遅くはなりますが…。今日中には必ずお送りします。」
そう話していると、大階段の方から声がした。
「お待たせ、アリアス。」
大階段を降りてきたジュリアは、菫色のシンプルなワンピースを着ていた。
濃紫のベストを羽織るアリアスと並ぶと、まるで親密なカップルのように見える。
ーーーまさか、着る服を示し合わせたのではないよな?
2人はこの間初めて顔を合わせたと思っていたが、短い期間でそこまで距離が近くなったのか?
そんなことをボーッと考えていると、2人はそれぞれケネスに出発の挨拶をした。
ハッと我にかえり、何とか「ああ。楽しんでおいで。」と短い言葉を返した。
**************
次の日。
王城の執務室で作業していると、「お疲れ様、ケネス殿。」と声をかけられる。
振り向くとそこには腕組みをして立っているスタンリーがいる。
「スタンリー殿下。わざわざこちらまでいらして、何か急用ですか。」
王城ではスタンリーに頻繁に声をかけられるケネスだが、こうしてわざわざ執務室を訪ねてくる機会は多くはない。
業務に関する話か、よほど大事な話がある場合だけだ。
「ジュリアが、昨日デートしていたと聞いたんだ。…アリアス・ユノアルドと。」
ーーーなっ、なぜ殿下がそれを知っているんだ…??!
ケネスは動揺してガタガタッと音を立てて立ち上がる。
「はははっ。そんなに慌てないで。学院中で噂になっているんだ。」
スタンリーは笑顔だが、金色の宝石眼の奥は冷え切っている。
「ジュリアにこんなこと聞くわけにもいかないからさ。ケネス殿は何か知ってるんじゃないかと思って。」
ケネスは急に頭痛を感じて眉間を指で摘み、天を仰いだ。
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