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侯爵令嬢ジュリア・クラウンベルツ①

秋晴れの澄み切った空の下、この秋2学年へと進級したジュリア・クラウンベルツは赤や黄に紅葉した木々が並ぶ校舎へ続く道を歩いていた。

姿勢を真っ直ぐに伸ばした早くも遅くもない優雅な歩調で、涼しさを含んできた爽やかな風にその美しい金髪が靡くたび、すれ違う者が皆ため息を漏らしている。




バルディス王国中の貴族が集う、ここ『フリーウォーデン王立学院』の中でも、ジュリアは一番と言っても過言ではないほどの美貌の持ち主だ。

金糸のように艶めく金髪に、海の色にも空の色にも思える深みのあるブルーの瞳。

その顔には形の良い大きな眼と小ぶりな鼻と口が恐ろしくバランスよく配置されている。

ビスクドールのように滑らかで曇りのない白い肌が、その赤みを帯びた唇の色をより一層際立たせる。

一見スレンダーだがきちんと凹凸のある女性らしい体から、細い手足がスラッと伸びる。

まさに芸術品のような、非の打ち所がない容姿である。

しかしながらジュリアの美点は容姿だけではない。




成績は常に学年10位以内に入るほどで、魔術に関してもトップクラスの成績を誇る。

また、ジュリアが生まれたクラウンベルツ侯爵家は代々バルディス王国の外交通商を担う由緒正しい家柄で、他国への輸出入を一手に引き受けるため領地は商業が発展し王都並みに栄えている。

要するにクラウンベルツ家はお金をたくさん持っているのである。




容姿・能力・家柄どれをとっても完璧な、人呼んで「完璧淑女(パーフェクトレディ) 」。

それが侯爵令嬢ジュリア・クラウンベルツである。




「ジュリア!」


不意に声をかけられ、ジュリアは声のする方へと顔を向ける。


「イグニス」


ジュリアは声をかけられた主を確認すると、その名を呼んで歩み寄る。

イグニス、と呼ばれた美しい銀髪に暖かな炎を思わせる橙の瞳を持つ青年が笑顔でジュリアに話しかける。


「今日の授業は終わったの?」


「授業は終わったのよ。でも…スタンリー殿下に呼ばれていて。生徒会室に行くところ。」


「今日もかぁ…。熱心だねぇ。」


イグニスが苦笑いするのにつられて、ジュリアも「ふふっ」と小さく笑う。


「そういえば今度うちに来るって話だけど。」


イグニスは本題を切り出す。


「今度の日曜日なら兄さんの時間が取れそうなんだ。ジュリアの都合はどう?」


「日曜日は…。確か王宮の茶会の招待状が来ていたはずだけど。いつもの通り気が進まないし、そちらに行きたいわ。」


「ははっ。王宮からの招待を断れるのはこの国ではクラウンベルツかユノアルドくらいじゃない?」


イグニスは少し意地悪そうな顔をして朗らかに笑う。


「それじゃ、日曜日はうちの邸に遊びに来てくれるってことで。特別なディナーを用意しておくよ。」


「あらそう。楽しみにしてるわ。」


会話を終えると「またね」と言って2人は別方向に歩き出した。




イグニス・ユノアルドはジュリアの同級生で、昨年この学院に入学した時に最初に仲良くなった友達である。

ユノアルド大公国はバルディス王国の北の端に位置する国で、体面的には独立国ではあるが実質はフリーウォーデン王家の親戚筋である。

バルディス王国と隣接するランサーラント王国とは長い戦争の歴史があり、150年ほど前に休戦協定を結ぶ際に緩衝地帯として独立したのが起源だが、今でも度々起こる小さな紛争に対応し王国を守る防御壁のような役割を担っている。

つまり、超強力な騎士団を有しているわけである。

外交通商を担うクラウンベルツと強い騎士団を持つユノアルド。

その2家が王宮の招待を断れるほど力を持つと言われる所以である。




王宮に日曜日の招待を断る返事を書かなきゃ、と考えているうちにジュリアの足は生徒会室の前で止まる。


コンコンコン。


3度ノックしたあと、「ジュリア・クラウンベルツです。失礼します」と言ってジュリアは扉を開ける。


「いらっしゃい。よく来たね。」


部屋の最奥の執務机に座っていた人物が、立ち上がりゆっくりと近づいてくる。


「とりあえず座って。お茶でもゆっくり飲んで。」


透けるように輝く金髪をサラッとかきあげ、宝石のように煌めく金色の眼を細めながら、スタンリーはジュリアにすぐ側のソファに座るよう促す。




目の前の恐ろしく容姿の整った青年は、この国の第二王子であり王太子でもあるスタンリー・フォン・フリーウォーデンである。

成績優秀、魔術や武術にも優れ、昨年2年生ながらその人望で生徒会長にも選ばれた、これまた非の打ち所がない王子様だ。


「それで…。考えてくれた?」


ジュリアが紅茶のカップを持ち上げて優雅に飲む様をしばし見つめたあと、スタンリーは穏やかな口調で語りかける。


「考えるも何も。答えはいつもの通りです。」


ジュリアはスタンリーを一瞥することなくすげなく答える。


「相変わらずつれないな、マイハ…「あなたのハニーではありません。」


ジュリアがスタンリーの言葉に被せるように反論すると、スタンリーは一瞬その煌めく瞳を見開いたあと、さも面白そうにクスクス笑う。


「ねぇジュリア。そろそろ諦めて僕のお嫁さんになってよ。」


「無理です。…殿下こそ何度言ったら諦めてくださるんです?」


「殿下だなんて…。昔のようにスタンって呼んで?」


「愛称なんかで呼んだら親密な関係だと勘違いされてしまいます。」


「僕たちは親密だよ?…同じベッドで寝た仲じゃないか。」


面白くて堪らないとでも言うように満面の笑みを向けるスタンリーを一瞥して、ジュリアは小さくため息をつく。


「子供の頃の話でしょう?誤解を招く言い方はおやめください。」


ジュリアとスタンリーは子供の頃からの知り合いで、所謂幼馴染みである。

親が王宮に出入りしていた関係で、歳が近い有力貴族の子息令嬢たちはみな顔馴染みなのである。


「一緒に寝たのは私が6歳の頃、しかも2人で寝たわけではないでしょう?オーランドとローレンスも一緒でした。」


「それでも同じベッドで寝たことには変わりないよ。…あのとき君の可愛い寝顔を見て、僕のお嫁さんにしようって決めたんだから。」


「子供の寝顔なんてみんな可愛いですよ。」


ああ言えばこう言うんだから、とでも言いたげな顔でスタンリーはむぅ、と頬を膨らませ軽くため息をつく。


「…ねぇジュリア。現実的に考えて、君以上に未来の王妃に相応しい人はいないでしょ?」


「そうですね。私は何でも上手くこなしますから。」


軽口のように聞こえるが、ジュリアは至って本気である。

同年代でもずば抜けて優秀なジュリアは、冷静沈着な性格においても王妃として資質を備えていると、専らの評判だ。


「面倒くさいことはできるだけ避けるし、なるべく自由にできるようにしてあげる。何より僕より君を愛してる男はいないよ。絶対に幸せにする。」


「…殿下と結婚したらきっと幸せでしょうが…。」


ジュリアはカップを持ち上げて紅茶を一口含むと静かにカップをソーサーへ戻す。


「王妃にだけはなりたくないんです。」




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