2.三つの力が織り成す世界のラスボス
私が茶葉を出現させようと奮闘している間にマッチョ兄さんは幾分か落ち着いたようで、顔の赤みが少し薄くなっている。あれだ、他人がパニクってると逆に自分は冷静になるっていうね。私の左斜め前に座ってじーっと観察してたみたい。
「お茶、は、大丈夫です。その、ありがとう、ございます」
お、言葉が通じる。緊張しているのか言葉が不自由なのか、片言でのお話し。耳触りの良い低い声だわぁ。ってか、発音は問題無さそうだから、緊張、というより警戒かな。そうだよねぇ自分でも行動が怪し過ぎて、どうしたらいいの?ってなってきてたもん。
まぁせっかく用意したので、急須のお湯を湯飲み茶碗に注いでお出しする。
「お湯しか出せなくてごめんなさい。まだ熱いので、やけどしないようお気を付けて」
まだそこそこ熱かったので、すぐには飲めないと思うのだけど。マッチョ兄さんも熱くて飲めないと判断したのか、湯飲みを持って直ぐに茶托に戻した。
さて、知りたいこと訊きたいこと、たくさんあるのだけれど。あり過ぎて何から訊けばいいのか判らない。と、マッチョ兄さんに先手を打たれた。
「その、訊きたいことがあるのですが」
その言葉、私が先に言いたかったな。で?と続きを促すべくマッチョ兄さんを見つめる。途端に兄さんは口篭もって顔が真っ赤になり、口元を手で覆って顔ごと目を逸らせてしまった。もう!そんな反応要らんから!話が進まん!
「先ず、私の状況からお話ししてもよろしいでしょうか」
マッチョ兄さん、顔を背けたままコクコクと頷く。
「今はっきり言えるのは、此処が何処なのか、何故私が此処に居るのか、何故こんな姿になって魔法みたいなことが出来るのか、私にはさっっぱり分からないということです」
えっ、何それどゆこと?って心の声が聞こえそう。口をポカンと開けて驚きの表情で凝視されましても。
「起きたら既に此処に居てこんな格好してまして。なので私としては、此処は夢の中なんだなと思っております。夢の中だから魔法が使えるんじゃないかなぁとやってみたら、上手に出来ました!」
どや顔で言ってみました!…あれ?また顔真っ赤。だから、もうその反応要らんから!
「それで、お兄さんは何故此処にいらっしゃったんですか?此処がどのような場所か、ご存知であれば是非教えていただきたいのですが」
マッチョ兄さんは手で目元を覆うと、はあぁ~~~~っと深く溜息をついた。幸せが逃げますよ。そして気を取り直してって感じで私と向きあうと、その第一声は
「お、私にも分かりません」
は?なんですと?
「戦場で敵将と一騎討ちをしたんです。……力量に差があり過ぎて絶対にかなわないと判ってはいたんだが」
マッチョ兄さんは両手を組んで少し俯き加減で淡々と言葉を紡いでいく。
「気がついたら白い靄に囲まれていた。一瞬明るい光が見えたのでそこに向かって歩いていくと靄が薄れて、金属製の板のような物が浮いていて、それが突然、自分の姿を、それも今思えば若いときの姿を映して。それがゆっくり薄くなって、替わるように貴方が現れた。」
マッチョ兄さんは顔を上げると改めて私に訊いてきた。
「俺は死んだのだと思ったんだ。やられたという自覚も持てない程に瞬殺されたんだと。」
真剣な面持ちで。
「此処は何処なんだ?貴方はいったい何者なんだ?」
だから、「分からない」って言ったでしょ?どう返せばいいのよ、もう!
それでも、真剣に尋ねられたんだから私も真面目に答えよう。でも今の『私』ってほんと何者なんだろう?昔作ったキャラに憑依してるっぽい、中身50代主婦です。って言って通じる?
どう答えたら良いのか考えてもなかなか言葉が出てこない。相変わらず不規則にさわさわと聞こえてくる葉擦れの音が、沈黙を際立たせてくる。
と、マッチョ兄さん、俄に顔を赤らめて両手で顔を覆って俯いてしまった。えっ、今度は一体何?私、何かした?とりあえず会話が交わせる状態に持っていかなきゃ。
「……あの、私、何か不愉快な思いをさせてしまっているようなのですが」
「いやそんなことは全く無い!」
顔をがばっと上げて被せ気味で大声全力否定された!ってか、顔真っ赤!照れか?全力で照れてるのか?
びっくりして固まっていると、お兄さんはまたへなへなと両手で顔を覆って俯いてしまった。そして
「済まない。その、慣れなくて」
声、小っさ!落差激しすぎ!んで、何が慣れないって?
「貴方のような綺麗で麗しい方にお茶を振る舞って頂いた上に優しく気遣われて」
お茶じゃなくてお湯ですけどね。
「部隊長として顔の綺麗な貴族はよく見掛けたし、交流も持たされたりしたが皆「平民の癖に」と自分らは大した労力も使わないのにやっかみばかり酷くて」
なんだかそのまま人生お悩み相談でも始まりそう。
「今度の戦でも俺は意見を求められた時に「戦力差があり過ぎるから戦は回避すべきだ」とハッキリ言ったんだ。それでも自分達は後方の安全な所に居るからと勝手に押っ始めやがって」
相談じゃなくて愚痴でした。
「俺達平民が前線で何人死のうが関係ないと思っていやがる。俺が死んだとなれば、前線は崩壊しただろうな。主は無事に王都まで戻られたのだろうか。……こんな所で危惧しても、もうどうしようもないが」
要約すると、マッチョ兄さんは此処が自分の死後の世界だと思った、と。それで、何に慣れないっていうのだろう。野っ原に直置きしたソファセットでお茶(お湯だけど)してるこの状況に慣れないというのであれば、私も同意する。自分でセッティングしておいて何を言うって感じだけど。
「軍人さんだったんですね。通りで素晴らしい筋肉をお持ちだと思いました。それで」
マッチョ兄さんの顔が再び赤らんできて目が泳ぐ。あぁ、何が兄さんをそんなに動揺させているのかは分からんけど。あ、忘れてたけど今の私は超絶美形!褒められたらそりゃあ照れるかも。でも先ずは会話しようよ兄さん。
「もし差し支えがなければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
あ、自分が先に名乗るのが礼儀ってものよね。
「私は『アスタロト』と申します。」
でも、悪魔と認識している名称で呼ばれるのは嫌かも。
「どうぞ『ロト』とお呼びください」
悪魔から勇者にジョブチェンジ!
マッチョ兄さんは顔を赤らめたまま私を見つめて「アスタロト……ロト……」と呟いている。お名前、教えてもらえないかな?との意味を込めて首をかしげると、兄さんの顔が更に真っ赤に!この反応、もう慣れてはきたけどだからといって話が進む訳ではないんだよぉって思ったら
「あ、おれ、私は、ガンダロフという者です。」
俯かずにしっかり名乗ってくれた。目が少し潤んでいる。おぉ、少しは成長したのかな。でも、何処かで聞いたようなお名前ね。小人さんが指環を捨ててくる旅のお手伝いをした魔法使いとか。
外見だけで言えば、三つの力が織り成す世界のお姫様が題名のゲームのラスボスに似てるけど。うっかりコッコちゃんに逆襲されてハートを削られてしまった初期の頃の物ではなく、某ゲーム会社メインキャラほぼ参戦の格闘ゲームのビジュアルの方ね。個人的にはキラキラ勇者よりよっぽど好み。
「エ・ラール王国で平民部隊長を仰せつかっておりました。職業柄、仕方なかったとはいえ沢山の人を殺してきました。そう……何人も。
だから、此処が生きていた頃の行いの裁きの場だと言われたら納得するのですが。まさか、貴方のような綺麗な方に優しくもてなされるなんて、それこそ死ぬ間際の夢の中なんじゃないかと思い始めてまして……」
と、気張っていたのが緩んだのか、そこでまた俯いてしまった。うん、偉い!頑張った!
読了、ありがとうございます。
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