閑話 その1 受難
「あああぁぁぁぁ.......」
あたしは頭を抱える。そして思うのだ。
———あいつら中3のガキに何期待してんだよ?
だってそうだろう。こっちは中学3年生だぞ?何事務仕事だの課の整理だのやらされなきゃいけないんだよ?
「はいはい、落ち着いて。しっかりするのよ桜ちゃん。」
そう言ってくれるのは最近あたしの秘書になった紗枝さんだ。でも紗枝さん、それでも思っちゃうんですよ。
ここは新設された『公安局特殊地下構築物攻略課』の一室。そこであたしは部屋の整理を行っていた。
と言っても、あたしは課長なんてやったことはない。そもそも管理職自体やったことがない。なので紗枝さんにおんぶに抱っこの状態で仕事をしている。
「でもぉぉぉぉ......」
「デモもストライキもないわ。わからないところは教えてあげるから、ね?」
むぐぐ......そもそも義務教育生が仕事をしている時点でおかしいと思うのだが、これ以上あたしは何も言わない。どうせ上にそんなこと言っても減給間違いなしなのだ。
「でもあたしたちだけっていうのはやっぱりダメだと思いますよ......『特殊害獣対策課』から一人ぐらい引き抜いてこれなかったんですか?」
「勿論今やってるわよ?ただ、私が率先してこっちの課に来たのに課長がかなりお冠でねぇ......今も〔伝心〕でしこたま怒られてるわ。」
最近知ったことだが、紗枝さんはどうやら課内全員に伝心して通達する役割だったようだ。そんな重要な役職が抜けたら流石にお冠だろう。
「けれど、今『特対課』の方と合併できないかって課長より上の方に〔伝心〕してるし、『特対課』のみんなにも話通してるから多分大丈夫よ?」
......なんか最近周りの人が全て怖く見える。これも皐月の影響なのだろうか......というか皐月ほんと綺麗だったな......
「桜ちゃーん?」
「うぴっ!?」
いけないいけない。思考が逸れてた。
「さて桜ちゃん、私たちがしなきゃいけないことって何かしら?」
思考を引き戻した私に紗枝さんはそう問いかけた。
「えーと、人材確保......?それからあとは......実績確保?」
「ふふっ、それもそうだけれど。まずしなきゃいけないのは『関係各所へのお礼参り』よ。」
......お礼参りは誤用ではないだろうか?確かアレは神社仏閣に使う言葉だったような......
「お礼参り......ですか?」
しかしそんな疑問は口に出さず、その代わりあたしは別の疑問を口にした。
「ええ。例えば『特対課』は結界魔石を一体どの課から借り受けるかしら?」
「......『特殊害獣対策用装備課』です。」
「はいその通り。では次の質問です。私たちの......じゃなくて、『特対課』のバックアップは何処でしょうか?」
「......知りません、何処ですか。」
質問の意図がわかってきたが、質問自体の答えが分からないのでそう返す。
「正解は〜『私にも分からない』でーす!」
「は?」
何言ってんだこの酒乱。
「いやいや、ほんとなんだって。というか、『特対課』に支援してくれる人や組織なんていっぱいいるの。まあ中には内部に潜り込んで破壊工作しようとしてる人もいるけど、そういう人は私がこっそり伝心して、上にチクっちゃえばいいからね?」
「マジでほんとなんなんですか紗枝さん。」
アレ?この人こんな怖い人だったっけ?
「まあそれは置いておいて、私の言いたいことわかったかしら?」
「いやまあ......わかりましたけど。要はアレでしょ。一人はみんなのために、みんなは一人のためにってやつでしょ。あたしらは一つの課だけではどうにもできないから、みんなで仲良しこよししましょうねってことでしょ。」
「正解!桜ちゃんよくできました!」
たまに、この人はあたしのことを馬鹿だと思ってるのではないだろうか?と思う。
「まあ、関係各所に挨拶しなきゃってのはわかりました。
それで?あたしらはどこに行けばいいんですか?」
「何言ってるの桜ちゃん?」
「公安局に所属してる以上、関係各所なんて公安局の全部の課に決まってるでしょ?」
「えっ。」
「さっ、そうと決まれば挨拶しに行くわよ!ほらほら、準備して!」
紗枝さんはテキパキとした動きで出発しようとする。
「い、嫌です。ここ何階あると思ってるんですか。あと何個課があると思ってるんですか。あたし行きたくないです。」
「新設される課の課長が挨拶に出なくてどうするの!ほらほら、出発よ。」
「いいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ......」
§
半日後、デスクにあたしはぶっ倒れてた。
「......」
もう何も喋る気力がない。このまま突っ伏してしまいたい。
「お疲れ様、桜ちゃん。今日は疲れたわねー。」
紗枝さんはそう言う。あたしは反応をしない。
「そうだ!このあと飲みに行かない?桜ちゃんこの課が作られるときに20歳として登録されたから、飲んでも問題ないわよ!」
紗枝さんはトチ狂った理論を展開する。あたしは反応しない。
「えーと......、桜ちゃーん?」
「......ですか。」
「なんなんですかあいつら!人のことガキで新人で厄介払いされたからって馬鹿にして!」
「さ、桜ちゃん......?」
「大体、そもそもなんであたしがここにいるんですか!?普通もっと世渡りが得意な人とかが入っておくべきでしょ!あたしには似合いっ子ないですよ!」
あたしは胸に溜まった思いを放出する。紗枝さんはオロオロしている。
「桜ちゃん......落ち着いて......」
「これが落ち着いていられますか!あいつらこっちのことを下品な目で見やがって!しかも若いからとか、女だからって舐めやがって!あーむかつく!」
あたしはそう言い切ったあと、ぜぇはぇと息を乱す。しばらく経って息を整えたあと、
「......紗枝さんには感謝してます。」
あたしはそう口にした。
「え?」
「だってあたし、紗枝さんがいなきゃ本当にただの何も知らない小娘のままでしたから、それに紗枝さんがいろんなとこに恩を売ってたお陰で話も通しやすかったし。」
本当に、紗枝さんの助けがなければやっていけない仕事だった。少なくともあたしはそう思う。
「だから......その、感謝してます......」
「桜ちゃん......!」
「あっそれはそれとして、今日は親御さんに帰れない旨を伝えておいてね?まだまだ仕事はいっぱいあるんだから!」
「あたし紗枝さんのそういうとこ嫌いです。」
やっぱり、この人はあたしを馬鹿にしているのではなかろうか?
「はぁ......次の仕事は......」
あたしは紗枝さんから送られてきた書類に目を通す。書類と言ってもデータ上のもの。情報社会は便利だ。
「えーと、新人育成の案内ぃ?ああ、そういえばなんかパッチ保有者が増えるとかなんとか......」
あたしはステータス画面を呼び出し、アプデ内容を確認する。やっぱりそう書いてある。
「えーと、うわ、大体『特殊害獣対策課』に持って行かれてるじゃん。」
こっちに回す人材はほとんど皆無ってかこのヤロー。まあいい、合併吸収するまでの辛抱だ。次こそあの課長と係長どもに吠え面かかせてやるぜ......
あたしはケッケッケと笑いながら作業し、『特殊害獣対策課』に持って行かれる分を消し、残った3枚分の書類を確認する。
「えーと、新人の名前は......五十嵐 陽毬、澤田 美幸、志野 紗綾香ね......」
全員年齢があたしより年上なのを見て、「本当にやっていけるのだろうか......?」とあたしは不安になった。
......取り敢えず、エナドリキメよう.......
「ところで桜ちゃん?なんでいちいち『特殊害獣対策課』とか『特殊害獣対策用装備課』とか連呼するの?『特対課』とか『特装課』とかでいいじゃない?」
「略称で呼んでるとそれやっちゃダメな時もやっちゃいそうで怖いんですよ。」