第四話 「死者ノ国」
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☆
「着いたよ」
ディーボは、そう言いながら俺をそっと降ろした。
おい、俺をお姫様扱いするな。
そう言ってやりたかった。
だけど、そんな言葉は目の前に広がる景色に溶けた。
「おお……」
すごい、ここが死者ノ国か。
人間ノ国で主流なビルは一切ない。
なんというか、和風だ。
瓦が重なり合っている屋根の建物が多い。
屋根自体は神社と似ているが、それ以外は少し違う。
もっと住みやすそうな構造だ。
住人は霊ばかりだ。
死者ノ国という名前の通り、この国は霊が住む場所のようだ。
「ほらほら、呆けてないでこっちについてきて」
「あ、はい。すみません」
知らないうちにぼーっとしてしまっていたらしい。
ディーボに声を掛けられ、慌ててついていく。
「そういえば、拓真君は国外が初めてなんだよね」
「はい、人間ノ国の法律で」
「懐かしいな、僕も初めて死者ノ国に来た時はそんな顔してた」
「……ディーボさんも人間だったんですか?」
「ああ、そうだよ。死神はみんな元人間さ」
「そうなんですね」
「うんうん。僕ら死神は仕事で色々な国に行くから、観光までできちゃうんだ」
「楽しそうですね」
「楽しいよ。拓真君にもお勧めしちゃう」
「お、お勧め?」
そう言うと、ディーボがいきなり立ち止まった。
止まり損ねてぶつかったと思ったが、すり抜けただけだった。
ぶつからなくてよかったと思う反面、悲しくもあった。
「ここだよ」
そう言って案内されたのは、ひときわ大きい屋敷の一室。
「ディーボです。斎藤拓真と連れて戻りました」
「ああ、入ってくれ」
返事を聞いたディーボは、俺に目で合図して襖を開けた。
「遅かったな」
高価そうな着物に身を包んだ青年が、言った。
黒髪から覗く紫紺の瞳が、俺とディーボを交互に捉える。
「少しすれ違いがありまして」
そう言いながらへらっと笑う彼は、なんだか黒髪の青年と仲が良さそうだ。
「それは大変だったな、ご苦労」
「ありがとうございます」
「……はじめまして、斎藤拓真君」
「はじめまして」
突然話しかけられて驚く。
「私は躯、死者ノ国を治めている者だ。
いきなり呼び出して驚いただろう、すまない」
「いえ。俺……僕も、これからどうすればいいか分からなくて困っていたので、助かります」
「そうか、それならよかった」
躯は、極めて人間に近い容姿をしている。
もしかして、彼も人間なのだろうか。
だけど、人間は寿命が短い。
そんな種族に、果たして死者ノ国の王が務まるのだろうか。
「さて、君のことは大体知ってるよ。君は、善霊だね」
「善霊?」
「善霊って言うのは、現世に残るほどの強い未練があるのにも関わらず、他の者に危害を加えようとしていない霊のことだよ。ちなみに、危害を加えるのが悪霊」
と、ディーボがウインクしながら教えてくれる。
なるほど。
確かに俺は悪霊ではないし、当然、誰かに危害を加えようと思ったこともない。
だから善霊なのか。
善霊だから怪奇現象を起こせなかったり、神主に認識されなかったのだと考えると納得がいく。
って待ってくれ。
現世に残るほどの強い未練……?
俺、そんなに強い未練あったっけ。
「強い未練がなかったらどうなるんですか?」
「その場合は、自動的に死者ノ国に転送されるよ」
「そうなんですね」
ディーボの言うことが本当なら、俺に強い未練があったことは変えようもない事実だ。
「話の続きをしてもいいかな?」
「あ、はい」
「君は強い未練持ちだから、審判もできない。だから、当然転生も地獄へも行けない。
代わりに、君のような善霊で未練の強い霊には二択から選んでもらっている」
「二択ですか?」
「ああ。一つ目は、死者ノ国に住むこと。二つ目は、死神になることだ。
勿論、死神になっても死者ノ国にいることには変わらない。
だが、死神には専用の住まいが用意され、給料も出る」
一つ目は自由度が高いが、居場所を見つけるのには骨が折れるし、仕事を見つけるのも大変。
二つ目は自由度が低い代わりに、住まいと収入がもらえるってわけか……。
収入って、金だよな?
霊に金がいるのだろうか。
死者ノ国の住人になれば自由度は高いと思うが、どこまでの自由があるのかも知りたいな。
……返事を保留にすることはできるだろうか。
正直、文献を調べたりディーボあたりに詳しく話を聞いたりしてから決めたい。
「すみません。今の僕では少し知識不足らしく、今すぐに決めるということは難しいです」
「そうか……」
そう言うと、躯は考える素振りを見せた。
流石に保留はまずかったか?
「分かった。数日間、この屋敷に住むことを許可する。
文献もあるから、心行くまで調べるといい」
「ありがとうございます」
「ディーボ、仕事は終わっているか?」
「暫く留守にしたおかげで、一件も仕事回ってきてないです」
「それなら、彼に図書室の場所と部屋の場所を教えてやってくれ」
「はい、仰せの通りに」
そう言うと、ディーボは俺を見た。
おそらく、これは退室の合図だろう。
俺は頷いて、部屋を後にした。
それにしても、あの人が死者ノ国の王か……。
初の国外でいきなり王と話したからか、彼の王の風格が凄かったからか、かなり緊張した。
声は震えていなかっただろうか。
変なことは言ってないよな。
あとで暗殺でもされたら――って、もう死んでるからその心配はないか。
……この幽霊ジョーク、悲しくなるからやめよう。
「お待たせ」
色々考えていると、ディーボがようやく部屋から出てきた。
「いえ、大丈夫です」
「拓真君は優しいね。それじゃ、図書室に案内するね」
「はい」
ディーボと共に歩き始める。
彼の歩調は、まるで僕に合わせてくれているようだ。
こういうのを紳士って言うのか?
なら、彼は女性にモテるだろうな。
「……ここにいる霊って、全員死神なんですか?」
「死神がほとんどだけど、ただの霊もいるよ。
躯の家臣とか、君みたいに案内された善霊とか。
霊以外にもゾンビもいるよ」
「ゾ、ゾンビ?」
「端的に言えば動く死体さ。
そのゾンビは――あ、ごめんね。
こういうのは文献で調べるべきだね。
僕の口はどうにも軽いから困る」
そう言うと、ディーボは両手を自分の口元に抑えて笑った。
……茶目っ気のある人だな。
「ここが図書室だよ」
広い……。
「結構広いけど……文献はちゃんと種類別に整理されているから、探しやすいと思うよ。
大切な決断だから、ゆっくり焦らずにね。
ああ見えて躯は寛大だから、数日とは言ってたけど二週間くらい何も言わずに住ませてくれるよ」
「はあ……」
そう言えば、この人さっきから王のこと呼び捨てじゃないか。
まあ、俺も心の中では呼び捨てだが……。
それが許されるほどの間柄ってことなのか。
……躯は固そうだったが。
「詳しいことは、また後日調べてみて。
次は君の部屋に行くよ」
「はい」
後で行こう。
まずは何から調べるべきか……。
やっぱり、死者ノ国についての文献からか。
そうすれば、芋づる式に色々分かりそうだ。
勉強もあんまりしなかったし、本を読むのも正直苦手だけど……必要なことだから仕方ないな。
「ここが君の部屋だよ」
そう言いながら、『斎藤拓真』というプレートを扉に吊るした。
プレートがあるのなら、迷子になることはないだろう。
「ここの扉は襖じゃないんですね」
「ああ、襖なのは重要人物がいる部屋だけなんだ」
「なるほど」
確かに、そう区別したら間違えてお偉いさんの部屋に入ることもないな。
「さて、これは僕からのプレゼントだよ」
「飴?」
「そう、舐めると睡魔が訪れて寝ることができるんだ」
「なるほど……」
「知ってると思うけど、霊体は睡眠欲や食欲がない。
どれだけ歩いても疲れないし、死にもしない」
「はい」
「でも、精神的には疲れるんだよ。
生きている間は、身体的な疲れも精神的な疲れも生理欲求で解消できる。
反対に、生理欲求がないとそういう疲労が取れにくいんだ」
そうか。
身体は死んでいるにしたって、俺には意識があって、毎日を生きている。
「拓真君、疲れてる顔してるよ。
だから、今日はこれ舐めてゆっくり休んで」
「……ありがとうございます」
言われてみれば、随分と疲れているような気がする。
「じゃ、困ったことがあればいつでも聞いてね」
「はい」
ディーボは手をひらひらと振って、去っていった。
……彼は気さくでいい人だ。
俺でさえ死んだら周りに沢山悲しまれたんだから、彼が死んだ時は本当に大騒ぎだっただろうな。
ふと、健司や悠馬の最後に見た顔が脳裏をよぎる。
……これ以上考えるのはやめよう。
扉を開けると、中は普通の部屋だった。
強いて言えば、寝具がベッドじゃなくて布団だというところだろうか。
机や棚もある。
……流石に、テレビやスマホはない。
なんとなく布団に手を伸ばして、目を見開く。
触れた。
机も、棚も、触れる。
流れで受け取って失念していたが、ディーボからもらった飴も普通に触れていた。
そういえば、触れることが前提で躯もディーボも話をしていた気がする。
触れられないと思っているのなら、図書室で調べ物をすることもできない。
……ふかふかだ。
横になる。
温かさも冷たさも感じないが、それでも……。
もう出るはずのない涙が溢れそうになった。
もらった飴を舐める。
苺味。
これまで食べてきた中で、一番美味しい。
……俺、甘いのは苦手だったはずなんだけどな。
その日、俺は久しぶりに眠りについた。
次回「収穫と結論」
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個人的な話ですが、実は最後のシーンがお気に入りです。
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