第二話 「現状把握」
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☆
目を覚ますと、俺は見慣れた高校の前に立っていた。
「え?」
気の抜けた声が漏れる。
そりゃそうだろ。
だって、俺は車に撥ねられて……。
「っ……」
吐き気が込み上げてきたところを、なんとか耐える。
あれは、夢だったのか……?
なら、俺は登校しながら寝てたことになる。
ありえないだろ。
だが、ありえないと言っても俺が高校の前に立っているという事実は変わらない。
「もうすぐ正門閉めるぞー!」
声の方を見ると、いつものようにゴリラ――近藤先生が、遅刻しそうな生徒達に声を掛けていた。
やばい、もうそんな時間か。
早く行かないと。
近藤先生の前を通り過ぎる。
あれ?
いつもは何かと話しかけてくるのに、今日は珍しく呼び止められなかった。
まあ、他の生徒の方を見てたから、俺のことは見えていなかったんだろう。
朝からあのゴリラと話すのは面倒だし、無視されるに越したことはないな。
俺は、その場を後にした。
「おはよー」
言いながら教室に入る。
人間関係の基本は挨拶。
父さんが、よく口癖のように言っていたからか、いつの間にか俺も挨拶を大切にするようになった。
それにしても……。
この季節に戸を開けっ放しの教室なんて、ここくらいなんじゃないだろうか。
仕方ない、特別に俺が閉めてやろう。
「あ」
戸を閉めようと後ろを見ると、委員長がすでに戸を閉めていた。
それにしても、俺の挨拶に誰も返事をしてくれないな。
大体のクラスメイトは挨拶を返してくれるし、この時間なら友達もいるはずなんだけど……。
辺りを見渡すと、やっぱり友達の姿が見えた。
「よう健司、朝からセクハラか?」
朝から女子に軽蔑の眼差しを向けられている健司に声を掛ける。
何を話していたかは聞かなくても分かる。
下ネタだ。
「は? 下ネタくらい女子でも言うだろ」
「そういう下品丸出しの下ネタは言いません」
「ああ。西城さんは、もっと濃厚で具体的な下ネタの方がお好みなんですかー?」
「はあ? まじないわ、お前」
俺の言葉は鮮やかに無視された。
いや、言葉どころか存在そのものを無視されている気がする。
なんで?
俺、お前の友達のつもりだったんだけど……。
と、とりあえず席に座って落ち着こう。
授業も始まるし、うん。
席に座った時、背筋が凍り付いた。
俺の机の上には、花が置いてあったのだ。
「いや、これは……」
声が震える。
もしかして、いじめられてる?
いやいやいや、待てよ。
昨日までは普通だったし、いじめられるようなこと何もしてないんだけど。
「皆さん、着席してください」
愕然としていると、担任の先生がチャイムと共に教卓についた。
ふと、先生が俺の方を少しだけ見つめた。
もしかして、俺がいじめられてるのに気づいてくれたのか?
机の上に花もあるし、教室の空気もなんだか重たい。
そして俺の青ざめているであろう顔を見れば、いじめのような何かが起きているということは十分に察することができるだろう。
「出席確認を取ります」
先生は真面目な声で言った。
「――山田君」
「はい」
「吉崎さん」
「はい」
「畑田さん以外は欠席していないようですね」
え?
俺、呼ばれてないんだけど。
もしかして、先生までいじめに加担してんの?
だったらしんどい。
内申点下げられそうだし、校内の大人が当てにならないんじゃ、親に言わなきゃ解決しないだろうし。
っていうか、アイツ休んでんの?
昨日のLIMEの雰囲気では元気そうだったけど……って、あれは夢だったか。
まさか、俺に巻き込まれてアイツまでいじめにあってるんじゃないよな?
それは困る。
せっかく人気者になれたのに、また振り出しに戻るなんて……。
また容姿のことでいじめられたら、アイツのことだ。今度こそ、自分の種族が嫌いになるに違いない……。
今すぐLIMEを送りたいが、迂闊に文章でやり取りはしたくない。
告白なら、まだ文面でも許せる。
だが、今回の話はそれよりも重大で、デリケートだ。
慎重にいこう。
まだアイツがいじめられていると決まったわけじゃない。
単なる体調不良って可能性もあるし、何か大切な用事があったのかもしれない。
帰りに様子を見に行こう。
幸い、アイツの家は俺の隣だ。
最悪、ずる休みだったとしてもいい。
いじめられてるより何百倍もマシだ。
そんでもって、もし本当にアイツもいじめられてたら、二人でなんとか出来ないか話し合ったりしよう。
俺もアイツも、今後何をされるか分からない。
そのくらい、いじめは悪質だ。
なるべく二人で行動するようにしないとな。
「皆さんに、お話があります」
いや、そのまま話進める気なの?
俺、このままだと欠席扱いになって家に電話されない?
待ってそれは困る!
まだいじめのこと親に話す勇気ないって……!
ん?
いや……よく考えると、先生が電話を掛ける確率は低いか。
いじめが発覚するのは、先生としても避けたいところだろうしな。
「あの、先生。俺の名前呼んでな――」
「佐藤拓真さんが、昨日交通事故で亡くなりました」
「………………は?」
間抜けな声が出た。
誰が死んだって?
初日からかなりかっ飛ばしたいじめだな。
しかも交通事故って……さっきそんな夢を見たばかりだからか、余計に気分が悪い。
「先生、いい加減に悪い冗談は――」
「明後日の午前中に告別式をするようですので、仲の良かった人は参列してください」
「嘘、だろ……」
驚いた声を出したのは、健司だった。
その顔は酷く青ざめている。
「拓真、もう少しでバスケの大会があるって……あんなに、あんなに張り切って…………」
先生は、心底辛そうな顔をして俯いた。
健司もそんな先生の様子を見て、酷く顔を歪めた。
え、これいじめにしてはクオリティー高くない?
そんなことは言えなかった。
とても演技をしているようには見えない。
健司に演技の才能なんか皆無に等しい。
「なあ、健司。俺の声聞こえねえの?」
返事はない。
「なあ、おい」
立ち上がって、健司の震える肩に触れる。
いや、正確には触れようとした。
俺の手は、健司の身体をすり抜けた。
「全員で黙祷を捧げましょう」
そう言うと、先生もクラスメイトも目をつむって下を向いた。
誰かが鼻をすする音がする。
悠馬だ。
普段、冷静で、泣いてるところなんて一度も見たことがない、あの悠馬が泣いていた。
一歩、二歩と後ずさる。
この光景が怖かった。
俺、本当に死んだのか?
気づいた時には、逃げ出すように教室を飛び出していた。
結論から言うと、俺はやっぱり死んでいた。
どうやら、あの交通事故は夢じゃなかったらしい。
色々試したけど、誰も俺に気づく人はいなかったし、壁もすり抜けた。
……人も。
実感はないけど、俺が死んでいたと仮定すれば、今朝の出来事全てに辻褄も合う。
……これから、どうすればいいんだ。
☆
それからは悪夢のような日々が続いた。
まず、家に帰った。
理由は分からない。
家に帰ったことは、家族を見てすぐに後悔した。
気持ちが落ち着くまで自分の部屋にいようと思っていたが、そんな気持ちは一瞬にしてなくなった。
次に、霊感が強い人なら俺の存在に気づいてくれるかもしれないと思って、街中を歩き回った。
目についた人に片っ端から声を掛けた。
誰にも気づいてもらえなかった。
心霊現象を起こす幽霊の気持ちが分かった気がした。
ちなみに、俺は心霊現象を起こせるほど強い幽霊じゃないらしい。
物も動かせなかった。
最後に、どこにいればいいのか迷って、学校に戻った。
普段使われてない教室なら、ゆっくり過ごせるんじゃないかって思ったからだ。
でも、学校に居続けるのは無理だった。
廊下から聞こえてくる、みんなの楽しそうな声は俺を惨めにさせたからだ。
その間、当然だが俺は腹を空かせることもなく、風呂にも入らずトイレにも行かなかった。
死人にそんなものは必要ないからな。
体力や睡眠って概念もない。
その気になればどこまででも歩ける。
……人間じゃなくなったみたいだ。
まるで、異質な何かになってしまったような、そんな恐怖と不安が毎日俺を襲っていた。
「早く成仏したいな」
ふと、そんな言葉が漏れた。
そうだ、成仏すればいいんだ。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
さっさと”斎藤拓真”を終わらせればいいんだ。
成仏したら、死者ノ国で審判を受ければ転生できるはず。
普通に生きてきたから、地獄行きはないだろう……多分。
よし、そうと決まれば、まずは成仏するところからだ。
神社にでも行こう。
辺りを見渡すと、少し歩いたところに神社があった。
次回「死神の迎え」
いよいよ死神が登場します。タイトル回収が近づいてきましたね。
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