第十三話 「愛」
一章が終わるまで毎日17時に更新します。
よければ応援してください!
☆
ついに当日を迎えた。
図書館を見つけられたのが救いだった。
調べ物をしていたら、あっという間に時間が過ぎた。
「頭は冷えたか」
「……はい、多少は」
そう言うと、カルは溜息を吐いた。
「分かっているとは思うが、今日はキルディアと父親の決闘が行われる。
……死亡予定時刻からも、あと数分だろう。
今のところ前兆はないから、突発的なものだ。
常時警戒しておけ」
「はい!」
気を引き締めよう。
死ぬ時は一瞬だ。
一秒だって油断できない。
「あ、警戒しすぎて能力を無駄に使うことは許されないからな。
必ず死ぬ時にだけ使え」
「……見分け方は?」
「勘だ」
なんてこった。
「…………自信ないです」
「警戒していれば、分かる時は分かる」
要するに、とりあえず警戒は怠るな……と。
「安心しろ。お前より私の方が早く動く」
カルにそんな言葉を掛けられるなんて、よほど不安そうな顔をしていたのだろうか。
「ありがとうございます」
「ふん……当たり前のことだ」
そう言うと、カルは顔を背けた。
どんな気持ちなのか、俺には分からない。
が、彼女の言葉は頼もしかった。
事態は、父親が母親に暴力を振るって始まった。
「どういうつもりですか、父上!」
キルディアは、母親を庇いながら父親を睨みつけた。
「黙れ。お前らを見ていると、俺が惨めに見える」
一人称が違う。
それに、口調もかなり刺々しい。随分と荒れているようだ。
「……私は、あなたがそんな風になっても、あなたのことを想っていました。
だからこそ、母上や私に酷い仕打ちをしても耐えることができました」
「だから何だって言うんだ。あぁ?」
「父上は、たとえどんな理由があったとしても母上に暴力を振るったりしません。
だから……きっと、私の知っている父上はもういないのでしょう」
キルディアの目が徐々に冷気を帯びていく。
ああ、彼の中での父親は、たった今死んだのか。
「キル……」
母親が不安そうに彼を見つめている。
その視線に気づいたのか、キルディアは母親に微笑んだ。
「母上、大丈夫です。私は強いですから――」
そう言うと、キルディアは空中でノックをするかのように軽く拳を振るった。
直後に派手な衝撃音。
見てみると、ヴィシャスが倒れていた。
「目で追えたか?」
カルが俺を見る。
「……いいえ」
速すぎる。
これでは対応はおろか、護衛すらできないだろう。
「ヴィシャス如きで私を仕留められるとお思いですか」
キルディアは挑発的な笑みを浮かべた。
「思ってねぇよ。俺が直々に殺してやる」
父親はいとも簡単に挑発に乗った。
この様子だと、キルディアが母親を遠ざけたことにも気づいていないんだろうな。
「良い心がけですね」
その言葉を合図に、二人は姿を消した。
金属音と衝撃波を感じるから、おそらくここで戦っているのだろう。
全く見えない。
血痕が出来た位置を目で追うだけだ。
「お前は自分の対応できる範囲で護衛しろ」
「……はい!」
カルの指示で我に返る。
そうだ。
ここは彼女に任せよう。
俺は、母親とヴィシャスに目を配るんだ。
母親は……変わらず不安そうに戦いを見ている。
だが、目の動きから察するに追えてはいないのだろう。
ヴィシャスは気絶しているはず……。
彼の方に視線を動かす。
「……!」
彼は意識を取り戻していた。
額から血を流しながら、キルディアがいる方を睨んでいる。だが、すぐに視線を落とした。
「……して」
ぽつり。
絞り出すように、ヴィシャスが言った。
「どうして……いつも、あいつばかり…………」
俺には、彼の言葉の意図が分からなかった。
彼はいつだって父親に優遇されていたはずだ。
キルディアや母親とは違って、吸血にも困ったことはないはず。
そんな奴が、どうしてそんな顔で涙を流しているんだ。
「ころ…………して、やる」
そう言うと、ヴィシャスはキルディア達が戦っているであろう方向に手を伸ばした。
止めるか?
いや、まだ早い。
カルに言われた通り、無駄に力を使ってはいけない。
彼が確実に攻撃を仕掛けるまで、待つんだ。
「――コープス、そいつを気絶させろ!」
カルの声が聞こえた。
「っ、はい!」
返事をして、力を使う。
「なっ、お前、誰だ――」
思い切り頭部をバットで殴る。
ヴィシャスくらいの奴は、これで気絶させることができる。
万が一起き上がったりしないように、一応警戒はしておこう。
カルのおかげで判断できた。
もう少し様子を見ようと思っていたから、俺一人だったら危なかったかもしれない。
そう言えば、彼女は俺のことも見てくれていたのか。
あっちの方が忙しいだろうに……流石、先輩と言ったところか。
「キル、もうやめて!!」
母親の悲鳴のような声に驚く。
視線をやると、キルディアが父親にとどめを刺そうとしていた。
キルディアは振り返らないまま、動きを止めている。
父親は力尽きているのか、反撃するような動作は見せていない。
「もう、もうやめましょうよぉ……どうしてこうなってしまうの」
母親の嘆きを聞いて、キルディアは戦意を喪失したかのように手を降ろした。
彼女の叫びが心に響いたのだろうか……そう思った。
けれど、違った。
「ぐぼぁっ」
父親が口から血を吐き出す。
見ると、剣が胴を突き刺していた。
キルディアは戦意を喪失していたわけではなかった。
「あ……あぁ…………」
母親が泣き崩れる。
そんな母親を、キルディアは悲しそうに見て言った。
「母上」
彼の声に、母親は身体をびくりと震わせて顔を上げた。
「母上…………………………どうか、お元気で」
彼は笑っていた。
辛そうに。
悲痛そうに。
そして、コウモリの姿になってその場を去った。
「これで私たちの仕事は終わりだ」
気づくと、隣にカルがいた。
「……はい」
「弱者だから、自分の息子を恐れることになるんだ。
……奴が気の毒だな」
そう言って、カルは歩き出した。
「ま、待ってください!」
思わず呼び止める。
彼女の解釈が嫌だった。
そんな簡単な話ではない。と、部外者のくせに叫びたかった。
「なんだ」
不機嫌そうにカルが振り返る。
「……えっと」
どうしよう。
勢いで呼び止めたはいいものの、どう言えばいいのか。
「用がないのに話しかけるな」
そう言って、キルは背を向けた。
「おっしゃる通りで――」
「あぁあ……ごめんなさい、キル……。愛してる、愛してるわ……
私が守ってあげなくちゃ…………いけなかったのに」
不意に声のした方を見ると、母親がまた涙を流していた。
ああ、そうだ。
母親は確かにキルディアを恐れた。
いつも優しかった息子が、自分の言葉を無視して父親を殺したんだ。誰だって怖いはずだ。
それに、彼女は日頃の生活で極限状態だった。
発狂して逃げ出してもおかしくない。
けれど、彼女はそうしなかった。
その理由は簡単だ。
息子を、心の底から愛していたんだ。
そして、すぐにキルディアを恐れてしまったことが罪だと気づき、悔いた。
普通なら出来ない。
「行くぞ」
顔を上げると、カルが浮いた状態で待っていた。
そうか、仕事は報告するまでが仕事だから、帰る時も一緒なのか。
「……はい!」
俺とカルはその場を去った。
☆
「あの母親は、どうして最後にあんなことを言ったんだ」
「あんなこと?」
今日の月が奇麗だと話していた時、唐突にカルが言った。
「自分が恐れた息子に愛していると言ったじゃないか。
しかも、自分が息子を守るとかなんとか」
「……そりゃあ、彼女が息子を本当に愛していたからですよ」
そう言うと、カルは首を傾げた。
「……分からないな。恐怖対象に愛情なんか抱くものか?」
「元から怖がっていたわけじゃありませんから。
……それに、人は矛盾した感情を沢山持っているんですよ。
表面上だけでは分からない感情が、多く潜んでます」
「表面上では分からない、か」
カルは黙った。
納得したのだろうか?
急に静かになると気まずいな。
そう思った時、カルがまた口を開いた。
「……守るって言ったのは何だ?
あいつは息子に守ってもらいっぱなしだっただろ」
「物理的な意味じゃなくて、精神的なことだと思いますよ」
「精神的に?」
「母親ってそういうものですから」
「……分からんな、私には」
「分かりますよ。きっと、カルさんにも愛情を持って接してくれた人がいるはずです」
「……」
しまった。
思わず軽率なことを言ってしまった。
もし、カルが天涯孤独のまま死んでたらどうしよう。
いや、そんな人は未練なんか残さないし、善霊にもなりはしないだろう。
カルの表情的に、気分を害した様子もなさそうだ。
……そういうことにしておこう。
次回「上司に相談」
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや高評価、感想をしていただけると励みになります。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできるので、是非お願いします。