第十一話 「吸血鬼ノ国」
一章が終わるまで毎日17時に更新します。
よければ応援してください!
あれから一週間が経った。
「着いたぞ」
カルの声で我に返る。
ひたすら飛んでいるうちに、ぼーっとしていたようだ。
「今から二週間、監視をする。
死亡予定時刻までは交代制だが、護衛対象だけは何があっても死なせるな」
「護衛対象の方は、当日以外にも死ぬかもしれないんですか?」
「ああ。死線が出ていると書類にあるから、その可能性は高い」
「分かりました」
「今日は私が監視に当たる。
お前は自由行動だ。明日の夕方には戻ってこい」
「はい」
彼女の指示は分かりやすくて頼もしい。
生前は何かのリーダーだったのだろうか?
「解散」
カルの号令で、俺たちは背を向けて歩き出した。
「さて、どうしたものか」
突然手持ち無沙汰になってしまった。
夕方だし、微妙に行動範囲が狭い。
大人しく王城内の見学でもするか?
いや、そこにはカルがいる。
彼女とは仕事以外で顔を合わせたくない。
そうとなると、その辺を歩くか、持ってきた睡眠用の飴を舐めて寝るくらいしかないな。
まだ寝る気分じゃないし、まず寝床もない。
いい感じの場所を探すついでに、色々見て回ろう。
そう言えば、こうして観光するのは初めてだな。
俺の仕事は超短期で、目的地に着いて三十分以内にことが片付いていた。
用が終われば即報告。
だから、なかなか他国にずっといる機会がなかったのだ。
「吸血鬼ノ国は、洋風の建物が多いな」
いや、多いと言うか、それ以外見当たらない。
どれも立派な石造りの建物だ。
住人も吸血鬼が多い。
人間ノ国とは違って、他種族も受け入れているようだが……。
正直、みんなフリフリした服を着ているから、ぱっと見分けがつかない。
「寝床、建物の中がいいし、どこかに入ろう」
民家でいいんだが……どれが民家だ?
「……適当に入ろう」
一番近いところに入る。
扉を開けようとすると、手がすり抜けた。
そうか、霊体はすり抜けるんだった。
建物に入るなんて死者ノ国でしかしなかったから、つい癖で触ろうとしてしまう。
「……」
まだ、こんなことで虚無感に見舞われるなんてな。
建物に入ると、そこは民家だった。
それにしても、やけに静かだな。
もうすぐ夜だから、出かけてるのか?
それなら好都合だ。
さて、俺としてはこのままエントランスホールで寝てもいいんだが……。
本当に誰もいないか、念のために確かめておこう。
いきなり現れたら怖いし。
――ガタン
え、何か音がした。
少し遠い場所……二階の方か。
一応、様子を見に行こう。
二階に上がると、すぐそこの部屋の扉が開いていた。
多分、そこに誰かいる。
「あのー、誰かいますか……?」
声を掛けたところで意味はない。
それは百も承知だが、声を出してないと心臓が喉から飛び出そうだ。
そう、今、俺は緊張している。
「失礼します……」
そう言いながら、ゆっくり顔を覗かせる。
次の瞬間、俺は目の前の光景に言葉を失った。
「なん……で」
そこには、中学生の女の子がいた。
目隠しをされて、両手足を縛られた状態で。
首元にある吸血痕が痛々しい。
紫に変色しているところを見ると、そうとう雑に、無遠慮に吸血されたようだ。
どうして彼女がこんな目に?
簡単だ。
彼女は奴隷なんだ。
奴隷の用途は様々だが、吸血鬼ノ国では血液パックとして使われる場合が多い。
人間ノ国には奴隷制度なんてなかったが、他国では当たり前のように存在している。
……彼女の両親は、死んだのだろうか。
中学生の制服を着ているということは、そこまで人の手で育てられた証拠だ。
両親が揃って死ぬことも、あるんだな……。
死神に殺されたのだろうか。
それとも、護衛が失敗したのだろうか。
どちらにせよ、罪悪感を抱いてしまう。
思えば、こうして”残された人”を見たのは初めてだ。
だから今まで罪悪感を抱かなかったのかもしれない。
……俺は、こんな人たちを増やすのを仕事にしているのだろうか。
いや、考えたって意味はない。
いくら俺が罪悪感を抱いたところで彼女は救えないし、仕事に対して疑念を持ったとしても辞めることは決してない。
今俺がするべきことは、寝ることだ。
色々考えたが、結局、外で寝た。
☆
「こんにちは」
「遅い」
「はは、すみません」
カルを悪態を見ると、なぜか安心した。
ドМになっちゃったかな。
「なんだ、そのしまりのない顔は」
「すみません」
カルは大袈裟なほどにでかい溜息を吐いた。
「まあいい。昨日は異常なしだ」
「はい」
「それじゃ、しっかりやれよ」
「はい!……ところで、どうして俺の顔が分かるんですか」
仕事中、俺は般若の面をつけている。
本来なら、表情など分かるわけがない。
もしかして、彼女にはそういう能力があるのだろうか。
「なんとなくだ」
あっけらかんと答えたカルは、小さく息を吐いて去って行った。
監視対象、キルディアの場所はカルに聞いている。
二階だ。
昨日の家も二階に人がいたし、もしかして吸血鬼は二階が好きなのか?
それはないか。
中央の大きな階段を上がる。
凄い、豪華だ。
昨日の民家も豪華ではあるものの、やはり王城には敵わないな。
「母上、朝食です」
声の聞こえてきた方を覗きに行く。
予想通りキルディアがいた。
彼の隣に女性もいる。
さっきの言葉から察するに、母親だろう。
所作や言葉遣いから、母親への愛情と尊敬の念が伝わってくる。
「ありがとう、キル」
母親は、力なく笑った。
元気がないな。
どうしたのだろうか。
「もしかして、血が足りませんか」
「……ええ、少し」
「では、吸血なさってください」
そう言うと、キルディアは慣れた手つきで首元を露わにした。
「いいわよ、キルだって血を吸えていないんでしょう?」
「……私は問題ありません。母上の方がずっとお辛そうです」
「でも……」
躊躇う母親に、キルディアは近づいた。
それから、首元を爪で引っ搔いて血を見せた。
キルディアを見つめる母親の赤い瞳が、徐々に光を帯びていく。
「さあ、遠慮なさらずに。それでは持ちませんよ」
遠慮がちだった母親は、やがて本能に逆らえなくなったのか、勢いよくキルディアの首筋に牙を突き立てた。
母親の顔色がどんどん良くなっていく。
それと反比例して、キルディアの顔色は悪くなっていった。
吸血鬼の王城に住んでいるということは、彼らは王族だ。
書類にもキルディアは第二皇子だと記載されている。
なら、どうして奴隷の一人もおらず、血液を買うこともせず、こうして貧しい生活をしているのだろうか。
「キル、ごめんなさい、母さんが……母さんがもっと、しっかりしてれば……」
「……母上のせいではありません。だから、どうか謝らないでください」
カルは、昨日この光景を見たのだろうか。
見たのなら、どういう気持ちでこれを異常なしだと判断したのだろう。
「おぉい、キルディアァ!」
荒々しく大きな声が響く。
誰だ?
もう一人の対象だろうか。
「キル……」
母親が、心配そうに、縋るようにキルディアを見つめた。
「母上、後でお会いしましょう」
キルディアは青い顔のまま、何でもないように微笑を浮かべて立ち上がった。
そして、踵を返した。
なんだろう。
彼には、躯のような王の威厳を感じる。
いや、少し違うな。
極端に言うと、躯が威圧感の塊なら、キルディアは華々しさの塊だ。
顔色の悪さなんて微塵も感じさせないほどに、頼もしい。
母親は口を開いたが、言葉を発することはなかった。
代わりに、涙が頬を伝った。
「っと、追いかけなきゃ」
ぼーっとしてる場合じゃない。
急いでキルディアの元へと向かった。
次回「青い彼岸花」
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや高評価、感想をしていただけると励みになります。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできるので、是非お願いします。