第十話 「遠征」
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☆
月日が経って、死神の仕事にもだいぶ慣れてきた頃。
俺の部屋に躯が来た。
「む、躯さん!?」
「久しぶりだな。今、時間あるか?」
「は、はい……」
俺、何かしたかな……?
「すみません、お茶も出せずに」
「お茶? 喉は乾いてないから気にしないでくれ」
いや、そういう問題じゃなくて、一応礼儀なんだよな……。
って、それは人間ノ国だけだったか。
「たまたま通りかかったから、近況を聞きたくて寄ったんだ」
「そうなんですね。気にかけてもらえて嬉しいです」
「最近どうだ?」
「上手くやれてます。仕事も順調で、戦い方や守り方も分かってきました。
生活も、かなりサイクルが決まってきましたね。
あと、死者ノ国の住民とも仲良くなれました」
「そうか」
「はい。あ、もちろん調べ物もしてます。
発音の原理が分かったので、全言語を聞き取ることはできるようになったはずです。
あと、最近は異形について学んでます」
そう言うと、躯は意外そうな顔をした。
「異形が気になるのか?」
「はい。ああいうのが実際にいると思えば怖いですけど、色んな種類の人がいるんだなあ……って勉強になってます」
……個人的には、全言語を聞き取れるようになった方に食いついてほしかったなぁ。
なんて思ったことは言わないでおこう。
異形と言うのは、突然変異みたいなものだ。
手足の数が多かったり、身体の一部が異様に大きかったりする。
遺伝とかは関係なく、ごく稀にそういう人が生まれてるらしい。
「そうか。
図書室のものだけでは資料が少ないだろうし、今度、異形についての文献を貸そう」
「ありがとうございます」
その会話を最後に、沈黙が訪れた。
話題がない。
なんだろう、久しぶりに話した親戚と二人きりになった時みたいだ。
「コープス、未練の方はどうなってる?」
「未練、ですか……」
最近はすっかり忘れていたな。
仕事と生活、勉強に集中していたから、仕方ないと言えば仕方ない。
「お前の未練を聞かせてくれないか。
私の方でも協力したい」
躯の言葉に驚く。
彼は、俺よりも俺の未練に向き合おうとしてくれている。
優しい人なんだな……。
「……これからの未来に存在したかった。
それが、俺の未練だと思います」
大した未練じゃないんですけど。と付け足す。
「そうか。……それは、難しい未練だな」
「ははは、ですよね……」
「私の方で、似たような事例がないか探してみよう。
進展があれば報告する」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ああ。……それと」
そこまで言うと、躯は真っ直ぐ俺を見た。
「死者ノ国に強制送還されないということは、そう簡単なことじゃない。
お前の未練は、十分、大したものだ」
「……」
これでも、勉強はしてきたつもりだ。
当然、俺の未練が強いことも分かってる。
だけど、それでも素直には頷けなかった。
「……お前の方でも、未練について何か進展があったら報告に来てくれ」
そう言い残して、躯は部屋を出ていった。
「ま、待ってください!」
せめて、言葉を掛けてくれたことへの礼をしないと。
慌てて躯の後を追い、部屋を出る。
「……あれ?」
もう、躯の姿はなかった。
代わりに、銀髪の女性が立っていた。
躯に掴みかかって、挙句の果てには俺に舌打ちした怖い人――
「ひぃっ」
思わず頭を下げる。
怖い人にはお辞儀、または土下座が一番だ。
「ちっ」
あ、駄目みたいだ。
「あの……俺、何かしましたか?」
「……お前は、躯に特別扱いされてるから嫌いだ」
目障りだ。
そう言い捨てると、カルは踵を返した。
ここを通りたかったんじゃないのか?
……まあ、いいか。
いつか殴られそうだし、近寄らないようにするのが無難だな。
それにしても、特別扱いか。
ディーボもそんな風に言っていた気がする。
そりゃあ、俺の部屋にまで来てくれるんだもんな。
どうして気に入られてるんだろう。
単純に、性格的な相性か?
それか、誰かに似ているとか……。
やめよう。
考えるだけ無駄だ。
今日はもう寝よう。
☆
それは、いつものように仕事を受けに行った時のことだった。
「こちらになります」
「はい」
いつも通り、対象についての書類を受け取る。
「吸血鬼ノ国……珍しく、遠い場所なんですね」
「はい。躯様が、もうこのくらいの仕事はこなせる段階にいると言われたので」
なるほど。
昨日は俺がどのくらいの仕事が出来そうか、わざわざ見に来てくれたんだ。
「吸血鬼ノ国と言うと、遠征になりますね」
「はい。ですので、パートナーと仕事をしてもらうことになります」
パートナーか。
そう言えば、パートナー項目に俺の名前が書かれている。
”カル”という名前も。
おそらく、この人がパートナーなのだろう。
「あの、カルさんってどこにいますか?」
「あちらです」
振り返る。
そこには、銀髪の怖い人が……。
「じ、冗談ですよね?」
「いいえ」
「私に何か不満があるのかよ?」
「ないです、すみませんでした」
だからそんなに睨まないで……。
「行くぞ」
「はい……」
仮病で休もうかな。
あ、俺死んでるんだった。
そんなくだらないことを考えながら、俺はカルと屋敷を出た。
「お前、名前は」
「コープスです」
「あっそ」
興味ないなら聞くなよ。
そう言いたいが、カルは先輩だ。
迂闊なことは言えない。
「早く飛べ」
「は、はい」
ここで過ごし始めて、こんなに感じの悪い人は初めてだな。
ディーボや躯だけじゃなく、死者ノ国の住人は大体優しい。
だから、油断してた。
まあ、これはこれで新鮮だと思おう。
吸血鬼ノ国か……どんなところだろうな。
「今回の任務は、一週間ほどの監視。
場合によっては護衛だ」
「殺さないんですか?」
「馬鹿か。対象はまだ死なない」
どういうことだ?
不思議に思い、書類に目を通す。
本当だ。
死亡予定時刻はまだまだ先。
少なくとも、これから百年は死なないだろう。
ん?
書類が二枚ある。
一枚目の写真と似たような顔つきだが、少しだけ大人びている気がする。
「そっちは監視、場合によっては殺す」
「……なるほど」
「死因に戦死と書いてある通り、書類の二人は戦う。
勝敗の調節だと思えばいいが、現場は私が指揮するから難しく考えるな」
「はい」
意外と親切に説明してくれるんだな……。
「それとお前、書類くらい目を通せ」
「……はい」
「すっかり夜になりましたね」
ずっと飛び続けていると、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
「前が見えないか?」
「いや、見えます」
「そうか。なら、このまま飛び続ける」
「……はい」
気持ち的には疲れたが、身体は疲れていない。
なるべく早くに着きたいだろうし、我儘は言えないな。
「……勝敗の決められた決闘なんて、本人が知ったらどう思うだろうな」
ふと、カルが言った。
「俺なら、馬鹿らしくなりますね」
「だろうな。……私もだ」
手の平で踊らされているという表現が、まさに正しい。
嫌だな。
戦おうと思った矢先に、自分が死ぬなんて知ったら。
「生死に関わるものは、全て死神によって調整される」
決まっていることだとはいえ、そう考えると気まずいな。
「どうすれば、死神の調節を受けずに済むと思う?」
「え、そんな方法があるんですか?」
死神に協力してもらって、不正をするとか?
でも、リスクが高そうだ。
現実的ではない。
「ああ、簡単な話だ。死神より強ければいい」
「それは……」
そうだけど。
でも、一人倒せばまた新しい死神が現れるだろう。
死神のトップと張り合えるくらいじゃないと。
「強さが全てだ」
「ま、まあ確かにそうですね。その話では……」
そう言うと、カルは俺を睨んだ。
「この話だけじゃない。全てだ」
「え」
「弱い者に権利はない。だから、お前が危機に陥っても私は助けないからな。
当然、私のことも助けなくていい」
それが言いたかったのか。
「……分かりました」
彼女の言いたいことも頷ける。
死神がパートナーで行動する最大の理由は、片方が消滅、または苦戦を強いられている時に、もう片方が報告に戻るためだ。
報告しないと、誰が消滅したか分からないのだ。
消滅とは、文字通りこの世界から消えること。
転生することも、地獄に行くことも叶わない。
勿論、死体も残らない。
だから、ピンチであればあるほど、仲間を見捨てなければならない。
死神の仕事は、そういうものなのだ。
馴れ合いはしないほうがいい。
見捨てる時、躊躇してしまうかもしれないから。
そう考えるのなら、カルの態度の悪さにも頷ける。
それに、彼女はなんだかんだ丁寧に教えてくれる人だ。
もしかすると、そういう理由で悪態をついているのかもしれないな。
月明かりに照らされたカルの奇麗な髪を見つめながら、そんなことを考えた――
次回「吸血鬼ノ国」
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