私の名前はベルゼバブ
フードロスは〜んたい!食べ物大事に!
こちらルナ。こちらルナ。応答願う。現在予想外の裏切りにあい、体制を低くし廊下の窓から敵影を補足中。なお、裏切ったメンバーの能力は恐ろしく高く、軋む廊下から気付かれずに移動、転移することは困難である。幸いこちらはまだ気取られておらず、どこかに隠れることさえできれば逃げ切ることが可能である。至急救援をもとm
「いた!ル〜ナ〜!」
…ヲワタ
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「じょっ嬢ちゃん?」
「ん?」
いつしか周りから囃し立てる声が消え、静まり返った食堂。野次馬たちの中心で未だ衰えを見せないハイペースで美味しそうに料理を貪る闇がいた。周りには空の皿がきれいに積まれ、食べ残しは一切ない。闇はまるで貴族のような優雅な動作で美しく料理を食い尽くす。
「えっと…まだ食うのか?」
「ん?先に言ったよ?『食べきれないなら貰っていい?』って。あとはこの6人でも食べ切れそうだから帰る」
その言葉を聞き、軽くなった財布の中身を心配する周りから安堵の息が漏れる。女将さんは苦笑いしながら空いたお皿を下げていく。この日の売上はかなり伸びたようで、ほくほく顔だ。
「ごちそうさまでした」
「ん?あぁそれは食べ物に対する感謝の挨拶だったかい?」
「知ってるの?」
「うちは食堂でもあるからね。長くやってるといろんなことを聞くんだよ。食に関することならある程度知ってるさ」
「おぉ〜おばさんかっこいい」
「お姉さんと呼びなさい」
「あ〜美味しかった!」
「お腹いっぱい!あっメイちゃんほっぺにソース付いてるよ?」
「メイ?こっち向いて拭ってあげるから。」
「どうせならダン姉がいい…あっありがとう…お姉ちゃん」
「どういたしまして」
「ん?サナもメイちゃん真っ赤だけど大丈夫?」
「美味しかったけど…」
「明日の体重が気になるわ…」
「だよね〜…」
「それにしても、こっちにも『ごちそうさま』にあたる表現ってあったんだね」
「聞いたことがないけど一応『いただきます』もあるらしいわよ?気取った貴族とか聖職者の一部ぐらいしか言わないらしいけど」
「ほへ〜」
「んじゃまたね」
「待て」
食後の雑談が一段落し、闇が席を立とうとすると近くにいたダンから静止の声があがる。
「ん?」
「今からかなりマナー違反なことを聞く。かなり失礼なことだがどうしても気になってな。答えるのが嫌なら黙っても構わない。立ち去ってもいいから少しだけ付き合ってくれないか」
ダンの真剣な顔を見て闇は少し悩んだあと、
「ここでならいいよ?」
人目が多いこの場であれば問題ないと許可を出す。
「…わかった。これは君のスキルに関することだ」
「…耳をふさいでいたほうがいいか?」
「私ではなく彼女に聞け」
「必要ない。むしろ聞いててこの人が変なこと言ったら止めて」
「相分かった」
この世界においてスキルはとてつもなくデリケートなものだ。スマホの検索履歴なんて比ではないレベルの話で、バレるだけで命の危機に瀕する問題だ。こんな公の場でするような話ではないが
「二人っきりの場所より人の多いこの場で話したほうが安全であると判断したのだろう。黙ってていいという許可も出したしな。見た目によらず聡明なお嬢様だ」
「どーも」
こうして、多くの人が見守る中スキルの話をするという異例の話し合いが始まった。
「…まさかどこかに連れ込んであんなことやこんなことを」
「するわけ無いじゃん!!何言ってんの!?」
「あっよかった安心した」
「このやろう…」
「団長?私は女なので正確には女郎ですよ?」
「むき〜!!」
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人が来ないように看板クローズに変え聞き耳を立てる人がいないか見張りを店から少し離れた場所に一人。店の真ん中にテーブルを置き、出口側にベル、店の奥側に野次馬と団長を配置。戦力になり得る勇者達やサナたち、冒険者各位は自主的に後ろへ、なんの戦力もない一般人は前へと自主的に移動した。このことからもこの人たちの人の良さが垣間見える。
「さて、明らかに体重以上の食べ物を食べていたが、それはスキルを使ったから食べれたのか?」
「どちらかというとスキルのペナルティ」
「そのペナルティの詳細は?」
「満たされることのない空腹、味覚の消失。その他諸々こっちは秘密」
「…随分重いな」
名も知らぬ幼い女の子にかけられた重すぎる枷。それを聞き顔を歪め、何かをこらえるように下を向いたり、哀れみの目を向けたりする野次馬たち。
「御両親は?」
「いない。生まれてこの方一度も見たことがない」
「…済まなかった。申し訳ないが更に辛い質問をする生まれ付きなのか?」
「ある日突然こうなった」
「生まれつきでないのならきっかけさえわかれば解除できるかもしれないな」
「無理。絶対」
思わぬ強い拒絶に、思考にふけっていたダンは弾かれたように顔を上げる。
「あまり言いたくないけどこの力は特殊なもの。消すのは不可能。仮にできたとしても他の誰かが同じ苦しみを味わうことになるからする気はない。こんな思いをするのは私一人で十分」
強い意志のこもった目を前に押し黙る一堂。小さな体に込められた、真っ直ぐな熱い思いを前に眩しそうに目を細める。それが自分が失ってしまった、世間を知らないが故の純粋な正義感のように感じた一人の野次馬が思わず声に出す。
「つらく…ないのか?誰かに押し付けて楽になりたくないのか?」
「おいお前!」
「だってよ!人間ってものはな!簡単に壊れちまうんだよ!睡眠、空腹、暖かさ!このどれか1つ消えるだけでどんなやつも簡単に人格が崩壊する!!実際戦場でそうだった!!どんどん人格が崩壊していった!!しかもさっきまで周りでお腹いっぱいとか言って楽しげに談笑してたんだぞ!どんなに食っても腹が減り続けるんだぞ!!どんな拷問だよクソッタレが!!!」
その男は激高し椅子を蹴飛ばす。椅子が立てる大きな音に萎縮することなく、
「べつに、もう馴れた」
淡々と事実を告げた。
「話はもう終わり?」
「…最後に2つだけ」
「何?」
「私達があなたにでき『早くここから開放すること』…そうか」
被せられた言葉にダンは悲しそうに眉をひそめる。
「これで最後だ。君の名は?」
少女は少し考えるような素振りを見せ、
「みんなから『ベル』って呼ばれてる。真名を教える気はない」
「そうか。私はダンだ。一応この街の騎士団の団長をしている。ベル、なにか困ったことがあったら私のもとを尋ねるといい。」
「ん、了解。あと帰っていい?」
「長々と引き止めてすまなかった」
ダンは出ていくベルを見送ろうと腰を上げかけるが、
「これは独り言。」
ベルの声を聞きまた腰を下ろす。
「私達が食べた生き物たちは殺された。動物や魔物は首をかられて血を抜かれ、植物たちは実った次の命を繋ぐことなく刈り取られた。私達は犠牲の上に生きている。他者を殺して生きている。その奪った命をつかい、他の命をつなぐ糧へとつくり変えているのが料理人。大昔から鍛錬され、形を変え、受け継がれてきた技術。死んだものを最大限生かすための技術。私達は犠牲となったもの達に、技術を研鑽してきた先駆者達に感謝をもって食べなければならない。いたづらに命を奪い技術を使うことは決して許されない」
彼女は暴食の悪魔。満たされぬ空腹を感じるもの。いくら食べても食べても満たされることなく喰らい続ける。空腹の業を背負った富饒の女神。富を願った一人の女神。
「私は暴食の業を背負ったもの。いくら食べてのお腹いっぱいにはならない。スキルが発現して、こうなって、村の人たちから追い出されたときはヤケクソになって森を1つ食い尽くした。それでも満たされなくてさ?満足感も癒やされる感じもなくただただ満たされることのない要求が満たされることを願いながら食べる化物に成り下がった」
沈黙が下りた店内に、ポツポツと悪魔の独白が流れる。
「何も感じなくたって食べなきゃ生きていけない。でも絶対に手に入らないものを補うために、八つ当たりのように殺し続ける自分に嫌気が差した。はじめは何度も死のうと思った。でも、このスキルのデスペナルティを考えると死ねなかった。」
「生きて何かを殺すことが嫌だった。死んで多くの生物に迷惑をかけることが嫌だった。嫌で嫌で何もかもが嫌で壊れそうになったとき、同じようにスキルに呪われた友達から言われたんだ
『…ならせめて、死ぬものに感謝しながら食べたら?』
って。考えたこともなかった。その時の私にとって周りの生き物は心の穴を埋めるための何かでしかなかったから。殺すことに罪悪感があっても、感謝はなかった。
多分自分はこの食物連鎖の輪から外れた上位者のように感じていたんだと思う。だから生き物を殺すことに罪悪感なんてものを感じていたんだと思う。
あなたのおかげで今日、私が生きられます。
あなたのおかげで私は明日に思いを馳せられます。
ありがとう。
私たちは一匹では生きられない。何かがいなくては生きられない。私たちは上位者ではなく食物連鎖の輪の一部であり、罪悪感なんて抱けるような高貴な存在ではない。
消えた命に感謝し、食べ、精一杯今日を生きる
これが私の座右の銘」
少女のみせた儚げな笑みに皆が見惚れ、今までしてきた行いを振り返りバツが悪そうに目をそらす。女将さんをふくむ一部の料理人たちは、真っ直ぐベルの瞳を見つめ返し、優しげな笑みを浮かべた。
彼女はグラマンディーズ
信じていた人々に蝿の王へと落とされた不幸な女神
彼女は喰らい、食らったもののスキルを奪う。
どんなものも骨までくらい尽くす最も残忍で、慈悲深く、高貴な高き館の主
ベルゼバブという悪魔である




