第96話 なりたいもの
光の結界が無くなった。みんなでエミリーのもとへ駆け寄る。
「大丈夫!? エミリー」
「怪我はないか?」
「ノア、あいつ何したんだ?」
僕にも一瞬何が起きたのか分からなかった。でも、今使ったのは聖域の騎士団フレイヤの必殺魔法じゃないか! 何で使えるんだ!?
それに僕たちを遮断した光の盾も聖戦士の“結界術”‥‥‥。
エミリーが負けたこともそうだが、この人は異常すぎる。なんでこんな異能者がここに来たのかは分からないけど、僕らが知らない理由があるのか?
「エミリー、自分の力を必要以上に怖がることはないぞ。訓練すればコントロールはできるようになるからな」
五条はそう言って泣いているエミリーの頭を撫でていた。僕たちが敵うような相手じゃないんだ。
「で、ノア。どうして俺をそんなに追い出したいんだ?」
「‥‥‥気づいてたの?」
「それぐらい分かるよ」
五条はそう言って笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「別に五条先生が嫌いなわけじゃないんだ‥‥僕たちが新しく来た先生を追い出したかったのは、将来の目標のためなんだ」
「目標って?」
「僕たち大人になったら聖域の騎士団に入りたいんだ」
「聖域の騎士団に? でも、それと俺を追い出すのとどんな関係があるんだ?」
「聖域の騎士団の元メンバーや、関係者がここみたいな学校の教師になることがあるんだ。実際、フレイヤ・クルスもイギリスの異能者学校に教師として赴任したってテレビでやってたし」
「フレイヤが?」
そうなんだ。全然知らなかったな‥‥‥。
「ここにいる生徒は学校や家庭で差別されたり、いじめられたりした経験があってこの修道院に来てるんだ。家族からも友達からも異能者ってだけで変な目で見られて‥‥‥もう、うんざりだ」
まあ、想像はできる‥‥‥小さいなりに大変な思いをしてるんだな。
「そんな時、テレビで見たのが聖域の騎士団だったんだ。同じ異能者なのに彼らは差別されるどころか、みんなに賞賛されてる。いろんな国の“統率者”を倒して世界を平和にしてるんだ!」
ノアは目を輝かせて話してる。よっぽど好きなんだろうな。ノアの話を他の生徒も楽しそうに聞いていた。
「先生も知ってるでしょ。イギリスのドラゴンだって聖域の騎士団のレオ・ガルシアが倒したんだ! レオじゃなきゃ倒せなかったって言われてるんだよ」
「うん、まあ知ってはいるけど‥‥‥」
「聖域の騎士団になる方法って詳しくは分かってないけど、関係者が先生になってくれれば僕たちの能力が目に留まって騎士団になれるんじゃないかな。この修道院はフランスの中では一番大きい学校だから来てくれる可能性もあると思って」
そう言ってノアは俯いた。子供なりに色々考えてたんだな。
「ごめんね、先生‥‥‥」
「いいんだよ。確かに俺は聖域の騎士団の関係者じゃないけど、知り合いではあるよ」
「「「えっ!?」」」
「ほ、本当に?」
「嘘じゃないよね! 証拠はあるの!?」
「え? 証拠?」
証拠か‥‥‥えー何かあったかな? そういえばカルロが写真撮ろうってしつこく言って一緒に撮ったな。いらないって言ったのに俺のスマホに送ってきたやつがあったような‥‥‥。
スマホに入ってた写真を子供たちに見せた。
「あーーーカルロだ! カルロ・バンディス!! ほんとに一緒に映ってる」
カルロってカルロ・バンディスって名前なのか、かっこいいな。
「どこで会ったの?」
「なんで知り合ったの? いつのこと?」
「カルロってどんな人だった。やっぱり実物ってかっこいい!?」
その日は一日中質問攻めにあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日――
「今日から本格的に訓練に入る。準備はできてるか?」
「「はい、先生!」」
7人の子供たちは元気よく返事をしてくれた。エミリーはまだ、おどおどした所はあるが大分前向きになったと思う。
この子たちの話を聞いて単に力を使いこなせるだけじゃなく、強い異能者になりたいことは分かった。本当に将来、聖域の騎士団になれるかは保証できないが、できる限りのことはしてやろうと思う。
「まず、ルイスとサラ。モンクと大魔術師だけど“気功武術”と“複合魔術”が使えないんだろ?」
「ハイ」
「そうです‥‥何回、練習してもダメでした」
二人とも落ち込んでる様子だが、この二つの職業スキルは難しいからな。独学で取得できないのはしょうがない。俺なら教えられるから大丈夫だろう。
ビクターとアーサーは固有スキル持ちだから、経験値を上げさせるか。
「クロエは特殊な召喚ができるからな。他にも特定の魔物が召喚できるか色々試していこう。強くなってくれば本物の魔物をテイムしに行くぞ!」
「ハイ、先生。お願いします」
元気よくクロエは答えてくれる。明るい性格みたいでやる気がある所は良かった。次はノアの能力だが‥‥‥。
上級職の“賢者”を発現させているノアだが、戦闘職ではないので教えるにしても何を教えていくか考えなければいけないな。
「ノア、“魔道図書”は出せるか?」
「うん、出せるけど‥‥‥」
ノアが手の上に厚めの辞書のような物を顕現させた。確認したがやはり空白のページが多い‥‥‥。職業ランクは“D”だからしょうがないか。
俺も手の上に“魔道図書”を出してみせた。
「先生も賢者の職業スキルが使えるの!?」
「まーな」
「滅茶苦茶だよね。もう驚かないことにするよ」
呆れた顔でノアが言ったが、魔道図書は単体では役に立たない職業スキルだ。ノアがリーダーとして優れてるのは間違いないが、どう成長させるか難しいな。
俺も賢者の職業は持っているから二人で試行錯誤するしかないか‥‥。
最後はエミリーだ。かなり問題があるのは間違いない。“魔王”というのもそうだが、それ以上に俺を困惑させたのがエミリーの持つ固有スキルだ。
鑑定で詳しく見たがエミリーは固有スキル“黒陽”というものを持っていた。鑑定でより詳細を確認しようとしたが、鑑定不能だった。
恐らくかなり強力なスキルなんだろう。
魔力攻撃の強化か魔力自体を増やすとかだと思うんだが、正直よく分からない。ただでさえ俺がなっていない“魔王”の職業だけでも厄介なんだが、固有スキルまで考えると頭が痛くなってくる。でも本人が一番自分の能力を怖がっているからな。
安心して暮らせるようになんとか調べないと‥‥‥。あっ! そういえばグレスがいるな。今度頼んで鑑定してもらおう。
他にもエミリーは“隠密(Ⅶ)”のスキルも持っていた。やたら影が薄いのは、この能力を自分でも気づかないうちに発動してるからだろうな。これも直してやらないと。
「エミリー、急がなくていいから少しずつ力を抑えられるようにしていこう」
「‥‥‥ハイ‥‥‥先生」
この日から俺と生徒たちは悪戦苦闘する日々を送ることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【修道院長室――】
「五条先生は生徒たちと、うまくやっているようですね」
私がそう言うと、修道女は大きく頷き微笑んだ。
「ええ、院長。本当にいい先生が来てくれました。このまま生徒たちが良い方向に進んでくれればいいんですが‥‥‥」
「だが、明日は月に一度の生徒たちの外出日か」
修道女の顔に影が差した。修道院に閉じ込められている子供たちが唯一外出を許されている日だが、同時にとても心配な日でもある。
「トラブルなど無ければいいんですが」




