第89話 研究所
ドイツのベルリンに降り立つ。イギリスとはまったく違い人々は普通に生活していた。街には活気さえある。
“厄災の日”に災害の被害こそあったものの、魔物が出現しなかったため被害が少なく復興も早かったようだ。国によってここまで差があるのか‥‥‥。
「グレス! 剣がある場所の方向は分かるか?」
「ええっと‥‥ベルリンから南の方向だから、ざっくりとだが向こうの方角だと思う」
「分かった」
俺はグレスの手を取って浮き上がり、高速で飛行した。
「うわああああーーーーーっ!!?」
引っ張られているグレスは悲鳴を上げる。慣れてないと相当怖いだろうが我慢してもらうしかない。そういえば清水さんを連れて飛んだ時を思い出すな。
飛びながら亜空間を開いた。アース・ドラゴンを大量に倒したことで聖戦士のレベルがカンストしている。ヒュドラと戦うためにも少しでも有利な職業になりたいと思い数枚の職業ボードを取り出した。
“暗殺者”になろうと考えて探していると、ある事に気づいた。“勇者”の職業ボードにY/Nの表記が出ている。
今までずっと成ることができなかったが、なんらかの条件を満たしたのか? だとしたら聖戦士をカンストしたことか。何にしろこれは幸運だ。
さっそく表面をタッチする。職業スキルを確認すると――
勇者 Lv1
光の加護 Rank F
勇者の職業スキルは“光の加護”か‥‥‥確かレオは“風の加護”ってのを持ってたな。ということは光と風、二つの加護を持ってるのか。
“光の加護”の効果を鑑定で確認すると、日中に「筋力」と「俊敏」のステータスを引き上げるようだ。まだFランクだから、少ししか上昇しないが無いよりはましだ。
俺は大気の障壁を張り、風を防ぎながらグレスに話しかけた。
「グレス、目的地の周りに分かりやすい建物とかないか?」
建物が特定できれば“千里眼”を使って瞬間移動できる。
「いや、俺も一度行っただけだからな‥‥低い山の上にあるとしか言えない。近くまで行けば分かると思うが‥‥‥」
「じゃあ、ドレスデンはどうだ? 何か特徴的な場所や建物なんか無いのか?」
「いやドレスデンも、よく分からないな‥‥‥。俺も観光で行ったわけじゃないから、すぐには思い付かん」
場所が特定できないのは痛いな。仕方ない‥‥‥。
俺は千里眼をかなり先まで飛ばし、瞬間移動で見た場所まで移動した。普通に飛ぶよりも速く移動できるはずだ。
ショートカットを何度か行うと。
「待て、五条! 瞬間移動すると、今どこか分からなくなる。下手をするとドレスデンを通り過ぎるかもしれないから、移動するなら何か目印になる場所にしてくれ」
「目印になる場所って‥‥‥」
「そうだ! 空港、ドレスデンには空港がある。そこから市内に移動したんだ。空港を目印に移動してくれ!」
「分かった!」
空港だな‥‥‥”千里眼”を使って空港を探す。
「あった!」
瞬間移動で飛んで、空港の上空に出た。
「どうだ、グレス。この空港か?」
「‥‥‥いや、ここじゃない」
もっと遠いのか、南に向かって飛びながら“千里眼”で空港を探す。しばらくすると、さっき見たよりも大きい空港を見つけた。瞬間移動で飛ぶ――
「グレス! ここじゃないか?」
空港のかなり上空、見渡せる所でグレスに聞いた。
「ここだ! ドレスデン空港だ!!」
「研究所はどっちにあるんだ?」
「ここから北の方だ。山にある施設を目指してくれ!」
飛行と瞬間移動で北の低い山にある施設の上空まで来た。だが似たような施設がいくつもある。
「グレス、どの建物だ?」
「いや‥‥ここからじゃ分からないな、正面入り口まで行けば分かると思うが」
「正面口だな」
俺は瞬間移動でグレスを建物の正面口まで連れていった。
「どうだ。ここか?」
「‥‥いや、違う。ここじゃない」
俺は瞬間移動で次の建物まで飛んだ。
「どうだ?」
「‥‥ここも違うな」
いくつかの建物を回って確認していくが、目的の施設が見つからなかった。そして7回目に建物の正面入り口に移動した時――
「ここだ! ここがサルマンの研究所だ!!」
「よし!」
俺は時間を止める。自動ドアの入口まで行き扉を開けようとしたが、当然施錠されている。中には警備員がいるのも見えた。説明して許可を取ってる時間は無い。
瞬間移動して中に入りたいところだが、時間を止めたままだと能力も魔法も一切使えなくなってしまう。時間を使いたくないので強行突破することにした。
俺は扉をぶち破って中に入る。飛び散ったガラスの破片が空中で止まったままだ。時間を止めた世界でガラスを割るのって危ないな‥‥‥そんなことを考えながらガラスの破片を避けて中に入る。
目的の“剣”がある部屋に着くまで時間を止めたまま進もうと思ったが、何階の部屋にあるのか聞いていなかった。
時間を動かす――
警報機が鳴り響いた。入口壊して来たせいか‥‥やってることがほぼ強盗だからな緊急事態とは言え、あとで謝ろう。
「グレス、剣は何階の部屋にあるんだ?」
「あれ? もう中に入っていたのか!?」
「そんなことより、剣のある部屋だ! 何階なんだ?」
「あ、ああ、地下2階だ。エレベーターで降りていた」
それを聞いて、再び時間を止める。廊下の角を曲がると警備の人間が何人かこちらに走ってこようとしていた。その脇を通り過ぎていく。
グレスを肩に担いでエレベーターを探して回る。時間を止めているので急ぐ必要はないが、どうしても気が急いてしまう。
エレベーターを発見して、扉をこじ開け下に降りようとするが“かご”があるせいで下にいけなかった。俺は時間を動かし、空間に亀裂を入れて“かご”を通り抜け更に下に行った。
肩に担いでいるグレスが騒いでいるが、なんとか地下2階に着いた。
時間を止めて目的の部屋を探す。いくつかの部屋の扉を力づくで開けていくと、真暗な広い部屋に入った。
「ここか‥‥‥?」
グレスを肩から降ろした。電気のスイッチを探して、時間を動かしてからスイッチを入れる。手前から奥にかけて明かりが付いていく。
そこには数百以上の武器や防具があった。
「ここだ! この部屋だ」
グレスが驚いたように叫んだ。
「のんびりしてる時間はない! すぐに警備の人間が来るぞ。問題の剣はどこにある?」
「ああ、あの一番奥にある台座に縛り付けられてる剣だ!」
見ると鞘に入ってない一振りの剣が鉄の台座に鎖で巻き付けられていた。俺は近づいてみる。どこか不気味な雰囲気がある剣だな。
「大丈夫だと思うが、気を付けろよ。五条」
それにしても変わった形の剣だ。剣身は途中から剣先にかけて二俣に分かれていて、剣身それ自体も真っ黒だ。
俺は剣の柄に手を掛ける。
剣の柄を握った瞬間、剣身が光りだした。手から剣に魔力が吸われている感じはするが、無限魔力があるのでどうということもない。
剣によく分からない文字が浮かび、より力強い光に変わっていく。この光‥‥‥ヒュドラの消滅のブレスに似ている気がする。
後ろからグレスが声を掛けてきた。
「それが竜殺しの英雄ジークフリートの剣――」
俺は振り返りグレスの顔を見る。
「バルムンクだ」




