第70話 国連からの招待状
イギリス――
正式名称は“グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”。イギリスは現在も世界に20ヶ国以上あるれっきとした“王国”の一つである。
そして“厄災の日”アメリカと共に最も被害を受けた国でもあった。ロンドンでは町中に巨大な“穴”が出現し、人や建物を飲み込んだ。それは直径が1キロ以上あり、底がどこまで深いのか測ることのできない深淵の穴だった。
その穴の底から溢れ出した大量のドラゴンはロンドンの空を埋め尽くす。
この事態にイギリス軍及びNATO即応部隊がドラゴンの迎撃にあたった。だが結果は一体のドラゴンも倒すことができず、部隊は壊滅した。
イギリスの政治家や女王陛下を始めとする王族は、比較的被害の少なかったアイルランドへ避難したが、その後の消息は一切不明となる。
青黒い大地や深淵の穴がイングランド、ウェールズ、スコットランドといった場所に次々と出現していく‥‥‥。
奇しくもグレートブリテン王国と呼ばれた場所がドラゴンの巣窟と化していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大阪・首相官邸――
多田総理に呼ばれて、坂木さん、桜木さん、そして俺の3人で大阪の官邸に来ていた。大事な話があるということだが‥‥‥。
「おまたせして申し訳ありません。本来ならこちらから伺うべきところですが、わざわざご足労いただきありがとうございます」
俺たちが待っていた会議室に、多田総理と以前に会った内閣府の萩野さんが入ってきた。向かいに座ると総理は襟を正し、萩野さんはハンカチで汗を拭いている。
「今回お呼びしたのは、スイスにある国連の欧州本部から五条さんに国際会議のアドバイザーとして招待したいと打診があったためです」
「アドバイザー?」
「会議の出席者から意見を求められた場合、専門家としての積極的な助言や忠告を行う人のことです」
「ハア‥‥‥」専門家? 正直よく分からないな‥‥‥。俺がそんな顔をしていると。
「五条さんは、今のイギリスの状況を詳しくご存じですか?」
「イギリスですか?‥‥‥いや詳しくは‥‥‥」
多田総理はイギリスの現状について説明してくれた。ドラゴンの出現から、討伐に向かった軍隊の壊滅など俺が想像していたより遥かに酷い状況のようだ。
「核などの大量破壊兵器を使うことも検討されたようですが、イギリスの国民がどれほど生き残っているか分からないため、使用することは断念したようです」
それはそうだろうな‥‥‥そもそもドラゴンに核が効くかも分からないし‥‥‥
「そして一番深刻な問題になっているのがドラゴンの行動範囲です。今まではイギリスの領空内から出ることはありませんでしたが、最近になって他国の領空を飛行しているのが確認されています」
確かに、それほど強いドラゴンの生息域が広がったら人類にとっては脅威だろう‥‥‥俺が深刻な顔をしていると、総理は俺の考えを察したように話を続けた。
「そこで“統率者”を討伐した人たちを集めることになったんです」
「国際会議でアドバイスを聞くためですか?」
「ええ、名目上は」
「名目上?」
「実質的には討伐依頼と考えた方がいいでしょう。世界中から“統率者”を倒した実績のある者を集めて、なんとかしてもらいたいというのが国連の本音でしょうから」
やっぱり、そういうことか‥‥‥
「それは今回招待された他の異能者の方々も理解していると思います」
「他の異能者? どんな人がいるんですか」
「それについては審議官の萩野に説明してもらいます。萩野」
「ハイ! 政府として分かっている範囲で説明いたします」
萩野さんは額の汗を拭きながら用意した資料を取り出している。相当汗っかきなのかな‥‥‥。萩野さんの説明を要約すると――
日本からは俺が招待された。日本政府は俺が“統率者”を倒したことを正式に国連に報告していたようだ。
アメリカは討伐した者が不明なため誰も呼ばれていないそうだ。
中国からは“朱雀”が呼ばれている。
ロシアからはロシア連邦軍の軍人が“統率者”を倒したとして国連に報告しているらしい。この話を聞いて俺と坂木さんは顔を見合わせて苦笑いしてしまった。
ジョージア軍の関係者も呼ばれている。なんと言っても世界で初めて“統率者”を討伐した国だからだ。
そして――
「アンゴラとグリーンランドの2ヶ国の“統率者”を討伐したとして、異能の集団<聖域の騎士団>が招待されているそうです」
「聖域の騎士団?」
「現時点で世界最強と言われている異能の集団です。ヨーロッパの各国から集められたそうですが、その実力は“朱雀”を超えるとか‥‥‥」
そんな人たちがいるんだな‥‥‥“統率者”を2体も撃破してるのか。
「知ってましたか? 坂木さん」
「ええ‥‥噂で聞くぐらいですが、かなり有名なパーティーですね」
「日本政府にもそれほど詳しい情報が入っているわけではないのですが、10名前後のメンバーがいて特に注目されているのが‥‥‥‥」
萩野さんは2枚の写真を俺たちの前に置いた。若い女性と男性の写真だ。
「この2名ですね。女性の方がフレイヤ・クルス、まだ18才ですがアンゴラの“統率者”を倒しました。世界で唯一の異能を持つと言われています」
写真を見ると長い金髪の綺麗な女性だ。すごく華奢な感じがするけど‥‥‥
「男性の方がレオ・ガルシア、聖域の騎士団のリーダーで世界最強の男と呼ばれているそうです。グリーンランドの“統率者”を倒しました」
すごくガッチリした体形の銀髪の男だ。この人は強そうだな。
「分かっているのは、これくらいです。聖域の騎士団の他のメンバーも1人1人がとても強く、彼らに並ぶのは“朱雀”の王欣怡ぐらいではないかと‥‥‥」
萩野さんに変わって、多田総理が口を開いた。
「今回、“招待”という回りくどい方法を取ったのも、この聖域の騎士団にイギリスの討伐を引き受けてもらうためでしょう。彼らは今、カナダの攻略を進めていて一度国連からの依頼を断ったそうですから」
もし聖域の騎士団が断って、他の人が討伐に名乗りを上げたら彼らの体裁が悪いということなのかな? よく分からない駆け引きのような気もするが‥‥‥
「我々は五条さんが4体の“統率者”を倒したことを知っています。しかし公式には把握されていません。世界的には2体の“統率者”を倒した聖域の騎士団の方が実績は上ということです」
多田総理は一息つき、改めて俺を見た。
「どうされますか? 討伐するとしても聖域の騎士団が中心となって行われるでしょう。断るのであれば政府から国連に伝えますが‥‥‥」
総理は気を使ってくれてるようだが、答えは決まっている。
「もちろん行きます!」




