第153話 冥王の十指
その、大地に広がる怪物の映像は、軍の関係者を始め、世界中の人が見ることになる。際限なく増殖していく生物に、人々は不安を募らせていた。
そして――
「レオ、見て!」
フレイヤの言葉でレオは輸送機の窓から外を見る。そこには茶褐色の気持ちの悪いものが蠢いていた。
生き物なのかさえ分からないが、レオは直感的に危険な存在だと感じる。
「なんなんだ、あれは……」
レオだけではなく、輸送機で避難しようとしていた全員が窓の外に広がる光景に危機感を抱く。だが、同時に安堵もしていた。
何故なら、この戦場には五条将門がいるからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『私が相手をするまでもないだろう』
ウラノスの背中から溢れ出していた肉塊がその動きを止める。背中と繋がっていた肉塊がブチッという音と共にちぎれた。
それは地上で活動している肉塊が、完全に自由に動けるようになったことを意味している。
『一億の死体に飲み込まれるがいい』
眼下に広がる肉塊は数十キロに渡り増殖している。もはやウラノスの意思を離れ、自動的に増殖するために必要な死体や敵を探しだそうとしていた。
誰にも止めることのできない、最強の怪物として――
◇◇◇◇◇◇◇◇
気持ち悪いドロドロした物が、こっちに近づいてくるな……。よく見ると人の手や顔のような物が見え、藻掻き苦しむように蠢いている。
死体の寄せ集めみたいな魔物なのか?
ほっとくわけにもいかないので、俺は自分の右手に魔力を込める。
死体の山が目前まで迫ってくると、まるで口を開けて飲み込むように一気に広がって向かってきた。
冥王の十指に付いている黄色い宝石が砕け散って右手に強力な稲妻が集まり出し、大きな槍のような形となる。
「これが……雷撃系最高位魔法か」
俺は雷の槍を後ろに引き、投擲のように思いっきり投げ放つ。
「―― 神の雷 ――!!」
稲妻の槍は死体の山にぶち当たると、一瞬で死滅させ轟音と共にトンネルのような穴を開け突き進んでいく。
辺り一面に凄まじい稲妻が巻き起こり、それに触れた死体の山はズタズタに引き裂かれ、消し炭になっていった。
死体の山を大きく削り取った槍は、一直線に“空に浮かぶ城”に向かう。
槍は強力な魔法障壁を簡単に突き破り、空に浮かぶ城を貫通して遥か彼方の空へと消えていった。貫かれた城にはバチバチとプラズマが残り、稲光が何度か点滅すると城に異変がおこる。
城の至る所が爆発して、黒い煙に巻かれながら“空に浮かぶ城”は徐々に高度を下げていった。
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『なんだ? 何がおきた……』
空に浮かぶ城“アヴァロン”の城壁に立っていたウラノスは、一瞬何があったのか分からなかった。
この城の障壁はそう簡単には破れないはず……まして城が機能を失い、墜落していくなどありえないことだった。
ウラノスは人間が雷の魔法を放ったのは理解している。
だが、特に気にしてなどいなかった。人間が使える魔法など、たかが知れていると思ったからだ。
しかし自分がもつ最強の雷撃魔法“ゲイ・ボルグ”でも破壊できないアヴァロンの障壁を、易々と破った人間の雷撃に驚きを隠せない。
それはウラノスでも見たことのない魔法だった。
ウラノスは空中に浮き上がり、落ちていくアヴァロンをただ見ているしかない。
信じられない思いと共に怒りが込み上げてくる。ウラノスにとって怒りの感情など、この数百年感じたことなどなかった。
振り返って人間を見ようとした時、強い光が上空から降り注ぐ。
上を見上げると、そこには巨大な火球があった。地獄の極大業火の数十倍はあるであろう小型の太陽はゆっくりと落下してゆく。
肉塊に近づくと灼熱の炎は全てを蒸発させて、地中に沈もうとする。
輪のように広がった超高温の熱波は、その範囲にある肉塊を焼き尽くしていった。大地には巨大な穴が開き、深すぎて底を見通すことができない。
この一撃で広範囲の肉塊は消滅したが、まだ大量の肉塊が大地を侵食していた。
今、放たれた炎の魔法もウラノスは見たことがなかった。自分が知らない強力な魔法を使う男……。その時、アガリアレプトの言葉がよぎる。
――お前は俺を倒した奴に今日、殺されるんだよ――
『あの言葉……ハッタリではなかったというのか……』
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右手のグローブに付いていた赤い宝石が砕けている。今使ったのが火属性最高位魔法――太陽の紅炎――
威力は想像以上だった。
だが死体の山は、まだまだ大量に残っている。巨大な穴の淵を回り込むように、こちらに向かってきた。
どうやら敵と認識した物を自動で襲っているようだ。
猛スピードで向かってくる死体の山を見て、左手のグローブに魔力を流す。青い宝石が割れて、周囲の気温が一気に下がった。
「水属性最高位魔法――」
死体の山は俺を飲み込もうと、爆散するように広がる。
「――第九階層の氷地獄――!!」
襲い掛かってきた死体の山は、その全ての活動を停止する。俺を中心に半径一キロ以内のありとあらゆる物が凍り付いていた。動く気配は一切ない。
だが更に奥から死体の山が大量に向かってくる。キリがないくらい圧倒的な物量だ。全てを消滅させないと止まらないか……。
俺はもう一度、左手に魔力を流す。“冥王の十指”に付いている水色の宝石が割れ、強い風が巻き起こった。
空にある雲がドーナツ状に広がり、途轍もない大気の塊が落下してくる。
「風属性最高位魔法――豊穣の鳥蛇風神――!!」
大気の塊が地上に当たった瞬間、爆発したように爆風が巻き起こり、あらゆる物を切り裂き吹き飛ばしていった。
氷で動かなくなった死体の山は粉々になり、それ以外の蠢く死体はズタズタに引き裂かれていく。
それはまるで凝縮された台風のように、荒れ狂う暴力となって死体の山に襲い掛かった。風が収まると、そこには平坦な地面しかない。
「やったか……?」
残さず殲滅したかと思ったが、吹き飛ばした肉の破片が戻り始め融合していく。そして遠くからも、まだまだ大量の死体の山が来ていた。
魔神の軍勢の死体を吸収して際限なく増えているようだ。
どうやら俺は、この死体の山を甘く見ていた。この魔物は今まで出会った中でも明らかに最強クラスの力を持ってる。
“冥王の十指”が無かったら止められなかったかもしれない。この魔物を始末するには、わずかな欠片も無く全て葬り去るしかないな……。
雪崩をうつように向かってくる死体の山を横目に、俺は右手にあるオレンジ色の宝石に魔力を流し込む。
宝石が割れると地震が起き、大地がうねり始める。
「土属性最高位魔法――巨大なる大地の裂け目――!!」
地響きと共に大地が割れ、その裂け目から岩でできた八体の龍が姿を現す。その体高はタイタンに匹敵するほどだ。
岩の龍は地上にいる死体の山に狙いを定めた。
遥か上空から流れ落ちるように地上に這う敵に襲い掛かる。その口の中には、おびただしい数の牙が生えた何重ものアゴが連なっていた。
岩の龍が死体の山に喰らいつくと、衝撃で土砂が舞い上がり土煙が辺りを覆う。喰らい付かれた死体は強力なアゴによって、すり潰されていく。
龍が波打つように移動すると、それだけで大地が揺れた。
死体の山も束になり、岩の龍に襲い掛かる。お互いが喰らいつき合う、まるでウロボロスのような地獄絵図が繰り返された。
暴れ回っていた岩の龍が消えると、辺りには死体の肉片が散乱している。
死体の量は大幅に減らしているが、食い散らかされた肉片は他の肉片と合流しようと這いまわっていた。
俺は残った死体に止めを刺すため、右手を伸ばしグローブに付いた黒い宝石に魔力を流し込んだ。
目の前に黒い球体が現れ、徐々に大きくなっていく。
エミリーの“黒陽”に似たその球体は見たことが無いほど巨大になると、周囲にある小石などをゆっくりと引き寄せる。
「闇属性最高位魔法――崩壊する黒き太陽――!!」
暗黒の球体は想像を絶する引力を生み出し、あらゆる物を飲み込んでいった。上空へ昇ると、下から死体の山を引き千切りながら吸い込んでいく。
死体の山も必死に抵抗するが、強すぎる引力に抗うことができない。大部分が闇の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ウラノスは信じられない思いでいた。男が立て続けに繰り出した数々の魔法は、神話の時代に使われていた魔法なのではないかと考えていたからだ。
一度暴走し始めた肉塊は、ウラノス自身でも止めるのが難しい。
それを、すでに百分の一以下まで減らしている。これ以上減ってしまえば、いくら増殖できるといっても、力を維持するのは難しいだろう。
ウラノスはそう思い、瞬間移動で男の前まで行こうとした。だが、その瞬間、背中に悪寒が走る。
見ると男は手をかかげていた。空には数万本の光の剣が現れて、残っている肉塊に襲い掛かる。
無数の光の剣が肉塊に突き刺さると浄化されたように消えていった。
その後も光の剣が正確に肉塊を捉え消滅させていく。残っている肉塊が、光の剣をかいくぐって男に攻撃しようとするが、男は光の剣を細かい粒子に変えると自分が持つ剣に集めた。
男がその剣を振るうと、しなる鞭のような動きで光が移動し、残った肉塊を切り裂いていく。
次々と肉塊は浄化されていき、とうとう最後の一片まで消滅した。
ウラノスが呆然と見ていると――
男が振るった光の鞭はウラノスにも襲い掛かかる。とっさに魔法障壁を展開するが、その障壁を突き破って、小さな光はウラノスへと迫った。
『ちっ!』
瞬間移動で地上に降り立つと、男は剣を下ろしウラノスと睨み合う。
「見学は楽しかったか?」
『……人間が調子に乗るなよ』




