第150話 赤い稲妻
【インド首都 ニューデリー】
『どうなってるのよ!』
この都市に侵攻していた魔神ピシウスは今の状況に激怒していた。
人間の抵抗は大したことは無かったが、空から突然、雨のように雷が降り注ぎ戦闘機や戦艦を撃墜していく。
明らかに自然現象による雷ではない。
魔法による攻撃だ。ピシウスはそう思い部下に魔法を使っている者を探させると、地上に変わった形の剣を持つ、一体の魔物がいる。
なぜ魔物がこちらを攻撃するのか分からなかったが、ピシウスは魔物に対して集中砲火を命令した。
だが魔物の周りに強力な魔法障壁が張られ、魔神軍の攻撃は効いていない。
対して魔神の戦艦は、多種多様な魔法によって攻撃されていた。ピシウスは敵に仲間がいると思い、攻撃してきた飛行体を確認する。
しかし、よく見ればそれは“腕”だった。
腕だけが空を飛び回り、数多の魔法を使っている。炎や水、光や闇の魔法で戦艦が次々と撃破されていた。
『なんとしても、あの魔物を殺すのよ!』
ピシウスが砲撃を命じた時、ラーヴァナはすでにその場にいない。どこに行ったのか探すと、空を飛ぶ腕に乗りピシウスの戦艦の真上にいた。
腕から飛び降り、自分の持つ剣に稲妻を落として戦艦に斬りかかる。
剣から稲妻が迸り、戦艦の各所が爆発していく。ピシウスは叫び声を上げながら、戦艦と共に地上へと落ちていった。
インドに展開していた5万を超える魔神の軍勢は、稲妻と無数の“腕”による理不尽な攻撃の前に徐々に壊滅していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【パキスタン首都 イスラマバード】
「撃ち続けろ! 奴らを絶対中に入れるな!!」
パキスタン軍の特殊部隊SSGに所属する准将のカリームは地上に侵攻してくる敵戦力をなんとか食い止めようとしている。
だが圧倒的な物量の前にパキスタン軍は敗北寸前まで追い込まれていた。
「北東部の戦線は突破されたそうです。准将! ここも持ちません」
「分かっている。だが、ここを失えば防衛線は崩壊してしまう。なんとしても、ここを死守するんだ!」
パキスタン軍が追い詰められていた時、突然の強い光でカリームは目が眩む。なんとか目を開けると、目の前に巨人が立っていた。
それは30メートルはある鉄の巨人。カリームも噂でしか聞いたことがないアメリカに出現したと言われる異形の怪物だ。
「これは……さすがにダメかな……」
多くの兵は悲観的な考えが頭をよぎったが、おかしなことに気づく。
巨人はこちらに背を向け、敵と向かい合っている。それどころか敵の兵は大きな声を上げ、巨人を攻撃していた。
巨人はその巨体に似つかわしくない速度で走り、敵の兵士を蹴散らし、装甲車を投げ飛ばしている。
「俺たちの……味方なのか……!?」
カリームは状況が飲み込めなかったが、この機を逃すわけにはいかないと考えた。
「あの巨人の後に続け! 一斉攻撃だ!!」
今まで耐える一方だったパキスタン兵は一気に反転攻勢に出た。前を走る巨人が腕で薙ぎ払うと十人以上の敵兵が吹き飛んでいく。
虎のような機械獣が巨人に襲い掛かるが、巨人は機械獣を掴み地面に叩きつける。パキスタン兵も後について、敵の軍勢を銃撃していった。
敵の兵士は銃弾が当たれば倒れていく、その点では普通の兵士と変わらないためカリームたちも躊躇なく向かっていくが――
ガンッ! と大きな音がすると巨人の進行が止まってしまう。
カリームが何事かと思い覗き込むと、巨人が殴りつけた拳の下に一人の男がいた。それは今まで見た敵の兵士ではなく、銀の鎧を着た大柄の男だ。
『……調子に乗るなよ!』
男は巨人の拳を掴むと、力まかせに投げ飛ばした。
もの凄い衝撃音と共に巨人は背中から地面に叩き落とされる。巨人もダメージを受けたのか、しばらく動けないようだった。
鎧を着た男が手を上げると、後方に待機していた戦艦から砲弾が飛んでくる。巨人に当たると爆発して、その足を完全に止めた。
『聞け人間ども! 俺はこの地の攻略を任された神将エピメテウスだ。今はあえて手加減してやってる。抵抗は止めて降伏しろ!!』
鎧の男の声が直接、頭に響く。
パキスタン兵は士気を大きく下げていたが、敵の後ろの方から何かの叫び声が聞こえてくる。すると敵の兵士が波打つように上に飛ばされていった。
『なんの騒ぎだ!?』
振り返ったエピメテウスの顔に影が差す。目の前にいたのは大きな青い鬼だ。太い金棒を持ち、仁王立ちしている。
『なんだコイツは?』
鬼が金棒を振り上げるのを見て、エピメテウスは失笑した。神将の中でもアレスに次ぐ力を持つ自分に力勝負を挑むことが滑稽に見えたからだ。
鬼の振り下ろした金棒を自分の持っていた鉄槌で受け止める。瞬間、足が地面にめり込み金棒が肩に食い込んでいた。
『な、何!?』
青い鬼は片腕なのに対して、自分は両腕で押し込まれていることがエピメテウスにはとても信じることができなかった。
必死でこらえるも、鬼の左手が自分の頭を鷲づかみにする。
体を上に持ち上げられ、足をバタつかせるが振りほどくことができない。その間に金属の巨人は立ち上がり、再び敵兵を蹴散らしながら進んでいく。
『く、くそ! 離せ、この化物が!!』
藻掻くエピメテウスを前に、鬼は笑みを浮かべているように見えた。左手に徐々に力を込めていき……。
『あ……が…や…めろ……!』
次の瞬間、エピメテウスの頭を握り潰す。
力なく地面に落下したエピメテウスの死体に鬼は興味を示さない。先行する巨人と共に正面に展開している軍勢の殲滅に向かった。
その光景を見ていたカリーム始めパキスタン兵は、一抹の恐怖を感じながら巨人と青い鬼の後を追いかけ、混乱している敵軍に攻撃を仕掛けた。
地上戦ではパキスタン軍が予想外の勝利を収めることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『ん? どこだ、ここは?』
『なんだコイツは!? 光の中から突然現れたぞ!』
『おお、餌がこんなにいるのか!』
モンゴルに展開している魔神軍地上部隊の真っただ中に召喚されたアガリアレプトは大勢の人間を見て歓喜する。
『ああ……やっと外に出られたのか、腹も満たせそうだ……信じたことはないが、神にも感謝しなくてはな』
『撃てーーーッ!!』
一斉射撃で蜂の巣にされるが、アガリアレプトが気にする様子は無い。むしろ心地良い刺激としか思ってないようだ。
軽く腕を振ると、周りにいた数百人の兵士の首が飛ぶ。
首を無くした体からは血が噴き出し、辺り一面は血の海となった。
『ヒャーーーハッハッハ! 楽しいね、とても楽しい』
何人かを捕食すると地上に展開している軍に狙いを定めた。血で作った剣を振ると、装甲車も機械獣も戦艦も全て真っ二つになる。
遊び半分の殺戮を繰り返していると――
『うまそうな匂いがするな……』
アガリアレプトは前方の戦艦に近づいていく。激しい抵抗もあったが、彼には関係がなかった。
皆殺しにしようと戦艦もバラバラにする。
『やっぱりいたな……』
中にいたのは一人の魔神。血だらけだが剣を抜いて抵抗してきた。
『キサマ、何者だ! この軍は魔神王様より預かったものだぞ。それを――』
魔神が話している最中にアガリアレプトは血の糸を伸ばし、相手の血を一滴残らず吸い尽くした。
『あ……あがっ……こんな……』
魔神は見る見る干からび、あっと言う間に絶命する。
『ああ、やっぱり魔神の血はうめ~』
地上にいた戦力をあらかた片付けると、上空に目を移す。
『食料が大量に浮かんでるな。腹を満たすには丁度いい』
フワリと浮き上がり、高速で空を飛ぶ。
軽く剣を振っただけで、数百メートル先にある戦艦が真っ二つになった。更に飛行しながら剣を振っていくと、戦艦や戦闘機が次々と両断され爆発していく。
アガリアレプトの周囲には赤い霧が漂う。
『なんだ、あれは?』
戦艦側からその光景を見ると、赤い稲妻が空を駆け巡り、近くにある戦艦を爆発させながら移動しているように見えた。
それがなんなのか分からず止めようがない。
真紅の魔神は高速で迫ってくる数十機の戦闘機を目の端で捉えると、嬉々として飛行部隊の方へ飛び込み灼熱の魔法を放つ。
空は真紅に染まり、異常な高温でオーバーヒートした戦闘機は爆発していく。
空にひしめき合うほどの数があった戦艦は、その数をどんどん減らした。戦艦の中に魔神がいれば引きずり出して捕食する。
それはアガリアレプトにとって、ただの遊びでしかなかった。
他の戦艦にも襲い掛かろうとすると―― バチンッ と、何かにぶつかる。
『ああっ? なんだこりゃ』
よく見ると透明の膜のような物があり、先へ進めない。そして目前にある戦艦の甲板に男が立っていた。
アガリアレプトはその男に見覚えがある。
『あーー懐かしいぜ。まだ生きてたのか、オーケアノス!』
『死にぞこないの魔神が……こんな所まで何をしに来た!』
戦艦の更に上空に大量の水の塊が浮かんでいる。そこから流れてきた水によって水の魔法障壁を作り出していた。
『貴様をこれより先に行かせるわけにはいかん』
『なんだ? 魔神王に俺を会わせるのが怖いのか?』
『笑止千万! 貴様など“王”に何度挑もうと結果は同じだ。それは己が一番よく分かっておるであろう』
『やってみねーと分かんねーだろうが!!』
アガリアレプトは強引に障壁の突破を図る。だが上空にある海水は大量に流れ落ち、抗う真紅の魔神を飲み込んでいく。
それは大きな球体で、脱出することができない水の牢屋だ。
『無駄だ。私の【海流操作】で作り出された水の檻は、貴様でも抜け出すことは不可能! そこでおとなしくしていろ』
オーケアノスが自分の勝利を確信した時、水牢の中の魔神はかすかに笑った。周囲の水は赤く染まり、沸騰してゆく。
水が大爆発すると中から炎を纏った魔神が出てくる。
『なんだと……これは!?』
『ハッハッハーーー! どうした、そんなもんか?』
『その火力……貴様、ハイペリオンの【炎帝の寵愛】を奪い取ったのか!?』
『さあ、虫けらのことなどいちいち覚えてないな』
『この、魔神の面汚しが……』
オーケアノスが手をかざすと上空に渦巻く海水から、槍のような突起物が幾重にも射出される。
海水の槍はアガリアレプトを貫くが、赤い霧になって拡散するだけでダメージを与えることができない。
真紅の魔神は霧の中に溶けていき、その姿を完全に消した。
『おのれ……どこへ行った!?』
ドスンっと体に衝撃を感じたオーケアノスは、ゆっくりと下を見る。自分の腹から真赤な腕が伸びていた。
『……がっ!? ……キ…サマ……!』
『どうした? 風通しは良くなっただろ。ヒャーハッハッハ』
無数の赤い糸がオーケアノスの体に絡みつき、全身の血を抜いていく。元々老人の見た目だったが、更に老化したように干からびていった。
『……あ……うっ……』
『お前の力も、ありがたく頂いていくぜ』
オーケアノスの体はボロボロと崩れ、灰となって風の中へと消えていく。
『さーて……俺の思い人はどこかな』
アガリアレプトは再び赤い稲妻となって空を駆けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
空に浮かぶ重厚な要塞、空飛ぶ城のようにも見えるその城壁の上に一人の男が静かに佇んでいた。
男は地上を見下ろし、魔神の軍勢が徐々に減っていることを認識する。それは想定外の出来事であり、男もまた予想していなかった。
しかし、金の鎧を着た男はどこか楽し気に笑う。
『フフ……面白いではないか』
魔神王 エゼキエル・ウラノス
魔人種 Lv11,281




