第145話 闇の落とし子
モンゴルに漆黒の戦艦が現れ、多国籍の軍隊と戦っていることは報道や動画を通して世界中の人々は知ることになる。
世界の戦力がモンゴルに集結したことによって、戦況は世界連合軍が優勢になっているとの情報が流れ多くの人を安心させた。
だが、五条が一緒に戦っているかどうかは知ることができない。
一抹の不安を抱きながら人々は、異世界からの侵略者を連合軍が撃退することに強い期待を抱いていた。
【慶朝新聞本社――】
大型のテレビの前に記者たちが釘付けになっている。
「アラビア海、ベンガル湾、南シナ海に各国の軍艦や空母が展開してるな。モンゴルへの攻撃支援態勢は整いつつある」
「モンゴルに突然敵が現れた時は意表を突かれてどうなるかと思いましたけど、意外に早く世界の軍の連携が取れてるようですね」
「前代未聞の戦争だが、こちらの勝ちで決着しそうだ」
「松田、お前はどう思う?」
一番後ろでテレビを見ていた松田に同僚が聞いてきた。
「そんな簡単には終わらないよ。簡単にはな……」
【大阪・首相官邸】
「総理、日本海に海上自衛隊の護衛艦が所定の位置に着きました。指示があれば護衛艦からの対空対艦ミサイル発射可能です」
「そうか……」
「しかし、このままでしたら使う必要はありませんな。五条が戻らないと聞いて肝が冷えましたが、なんとかなりそうです」
総理の多田は送り出した航空自衛隊の部隊が活躍しているのを聞いて、心底安堵していたが心のどこかで言いようもない不安を感じていた。
これが五条がいないからなのか、ただの気のせいなのかは分からない。
多田は自分の考えが取り越し苦労であることを祈っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【四つの戦艦の北東部――】
『なんなのコイツ……化物か!』
デメテルは空中に浮き上がり、眼下にいる少女を見下ろしていた。その体の周りにはドス黒いオーラが噴き出している。
「……あの……降りてきてもらえますか……?」
『このガキが! 調子に乗らないでよ』
デメテルが両手を突き出し、魔力を集めると光が集束していき火球へと変わっていく。
『喰らえ!!』
火球は手から弾かれるように高速で飛んでいき、エミリーに着弾して大爆発する。周りに煙が広がり子供の姿は見えなくなった。
『……これならどう……!?』
エミリーがダメージを負っていることに期待したデメテルだったが、煙が晴れると絶望することになる。
少女はまったくの無傷で、かすり傷一つない。
その上、少女の周りにあった、ドス黒いオーラは形を変えて三匹の黒い龍のような姿になってゆく。
「――黒龍!」
エミリーがそう呟くと三匹の龍は波打つような動きをしながら、上空に駆け上がってくる。
『チッ!』
自分の前方に五重の紫に光り輝く結界を展開した。
襲い来る三匹の龍が結界に激突する。黒い龍の力を以ってしても紫の結界を突破することはできない。
『フフフ、私は魔神の中でも鉄壁の防御力を誇るの。おチビちゃんでは私に敵わないわよ!』
それを見たエミリーは自分の前に黒く大きな球体を出現させた。
黒い球体は無数の小さな球体へと分かれていき、エミリーの体の周りに浮き上がって漂っている。
「暗黒の弾幕!!」
ビー玉ほどの大きさになった球体はマシンガンのように放たれ――
『えっ!?』
デメテルの結界術も【二重結界防御】も全て貫いて、ズタズタにしてしまう。
『そんな……バカな』
黒い龍は穴の開いた結界術を食い破り、デメテルに襲い掛かる。すんでのところで避けるが、そのまま逃げることしかできない。
地上スレスレを飛びながら黒い龍を躱していく。
あまりエミリーから離れ過ぎると自分の攻撃も届かなくなることをデメテルは分かっていた。飛びながら何発もの火球をエミリーに撃ち込む。
だが、全て黒いオーラに阻まれて爆発してしまう。
「……私も……今度は、当てる……」
更に多くの弾丸がデメテルに襲い掛かる。
エミリーから放たれる黒い弾丸をギリギリ避け、迫り来る三匹の黒龍からも逃げながら高速で飛行し続けた。
エミリーを中心に一定の距離を保ちながら一発火球を撃ち込むと、十発の黒い弾丸が返ってくるような状況だ。
『なんなのよいったい、どうしてあんな力をもってるの!?』
そんな時デメテルは、自分が少女と戦艦の間に来ていることに気づく。
『し…しまった!』
少女の放った黒い弾丸が自分をかすめ、そのまま戦艦に向かっていった。戦艦に直撃すると、一瞬の間があった後、激しい光を放ち大爆発して炎上する。
その威力にデメテルは驚愕した。
『魔神以上の力だわ……このまま戦えば殺される』
◇◇◇◇◇◇◇◇
正直、逃げ出したいところだけど、ここを突破されたら中央に向かわれてしまう。“王”の命に背くことだけはできない。
『仕方ないわ!』
私が持つ最強の防御魔法、この子供でもこれなら破壊はできないはず――
『――災厄を払う盾!――』
球状の光の結界が私を包み込むように展開する。
三体の黒龍と何十発もの黒い弾丸が襲い掛かってくるが、球状の結界に阻まれて中にいる私にはダメージを与えることができなかった。
この魔法は私の防御と魔法防御を大幅に引き上げる。自分の防御力を元に何倍もの障壁を展開する【二重結界防御】と相性がいい。
本来なら至近距離からの攻撃は防げないスキルだが、この魔法を使えばあらゆる攻撃を防ぎきる鉄壁の守りとなる。
もっとも、こちらからも攻撃できなくなるが気づかれなければ問題ない。
『フフフ、どう? あなたでも、これは突破できないわよ! 嘘だと思うならもっと攻撃してみなさい』
これでこの子供が攻撃して魔力を消費してくれれば勝ち目が出てくる。
災厄を払う盾を維持するのもかなりの魔力を使うけど、こんな子供より先に魔力が尽きるなど有り得ないわ。
「……しょうがないかな……」
子供が右手を上にかかげると、地上に見たこともない模様の巨大な魔法陣が描かれる。
『何!?』
中から、おぞましい気配の何かが出てきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
まだ、あまりうまく使えないから、使いたくなかったけど……あの人の結界を破るには、これしかない……。
「――魔王召喚――!」
地上に描かれた大きな魔法陣から、ゆっくりと巨大な手が出てくる。手は肘のあたりまで魔法陣の外に出るが、そこで止まってしまう。
この手が誰の手で、どこから出てくるのかは分からない。
ノアは私の職業スキルが【魔王召喚】なんだから当然、魔王なんだろうって言ってたけど、そもそも魔王がなんなのか分からないし……。
『なんなの!? この腕は!』
空を飛ぶ女の人は手から逃れようと必死に飛行するが、あの手からは誰も逃れることはできない。
“魔王の手”からは相手を引き寄せる“引力”が生まれているからだ。
『キャアアアーーーー!?』
女の人はどんどん手に引き寄せられ、最後は捕まってしまう。
『くそっ! だけどこの災厄を払う盾は破ることができないわよ。ハハハ、残念だったわね!』
“魔王の手”はゆっくりと球体の結界を包み込むように握り、少しずつ力を込めていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私の結界がミシミシと悲鳴のような音を立てている。
『そんな……』
この災厄を払う盾は上位の魔神が複数人がかりでも破壊することができない鉄壁の防御、それなのに……。
この子はヘタをするとクロノスやオーケアノスよりも強いんじゃ。
バリッという音と共に結界にヒビが入る。ダメだ……もう、もたない。この私がこんな子供に……。
『そう……あなたが、この世界の切り札なのね。でも残念、たとえあなたでも我らを統べる”王”には勝てないわよ』
「………私じゃない」
『え?』
「私より遥かに強い人がいるから……あなたが言う“王”様は、きっと先生が倒してくれる……」
『あなたより……強い人間!?』
バリバリと音を立て結界が崩壊する。この私が…こんな所で――
◇◇◇◇◇◇◇◇
“魔王の手”は結界ごと女の人を握りつぶした。握られた手の隙間からは血が溢れている。腕はそのまま魔法陣の中へと戻っていき、水に沈むように消えると魔法陣も消滅した。
今はまだ腕しか出すことができないけど、この力があったおかげでなんとか倒すことができたんだと思う。
ノアからはあまり使わないように言われてるけど……。
「……今回は仕方ないよね……」
私は急いで中央へと向かった。




