第137話 反逆の魔神 その①
「あれも魔神なのか?」
赤い霧が集合し、一体の人型の魔物が姿を現す。鑑定ではレベルが8000を超えていた。そんな高いレベルはヴィシュヌしか見たことがない。
『……魔神に会うのも久しぶりだが、お前……人間か?』
魔神は俺を見て殺意を放つ、まるで蛇に睨まれたカエルのように体が竦む。
全身の細胞が危険信号を鳴らしているようだ。こいつは絶対に戦っちゃいけない敵なんだと……。
『まあ、そう怯えるんじゃねーよ。お前が死ぬことは決定してるが、魔神と戦ってる人間は中々いないからな。興味が湧いてきた』
「そりゃどうも」
完全に人の形になり、俺の前に降り立つ。他の魔神のように鎧は着ておらず、見た目は赤と黒の燕尾服のような格好だ。
『お前ら、なんでこんな所に来た? まさか、こっから出る方法を知ってるのか?』
俺とラーゼスを交互に見ながら興味深そうに聞いてきた。
『あったらどうする』
ラーゼスが挑発するような口調で話す。戦うのは俺なんで、あんまり挑発しないでほしいが……。
『ヒャッハッハ! 今日は最高の日になりそうだ』
魔神は背中に翼を生やし、空に浮かび上がる。俺に向かって滑空するような体勢をとったかと思うと、すでに消えていた。
気づいた時には魔神の拳が俺の腹に深々と突き刺さり、反対側から突き抜けている。
「あ……がっ!?」
口から血が溢れ、意識が飛びそうになった。この速さと、この力………桁違いに強い。
魔神は俺を持ち上げて首を傾げ、血を噴き出している俺を観察している。興味を無くしたのか腕を振って払いのけるように投げ飛ばした。
俺は吹っ飛び岩の壁に激突する。
『もっと強いかと思ったが……そうでもなかったな』
魔神はそう言うと、ラーゼスに向かって歩き出す。俺の腹は“超回復”の能力で急速に再生してゆく。
「待て! まだ終わってないぞ」
『おーっ、お前も“不死身”の類か……後からゆっくり食ってやろうと思っていたが、少し見くびり過ぎたな』
魔神は俺に向き直り、笑いながらこちらに歩いてくる。
傷は治ったが、こいつに勝てる気がしないぞ。人間並みの大きさしかないのに力はヒュドラやシヴァ並みにあるんじゃないのか?
剣に炎を宿し、斬りかかる。だが、斬った部分はサラサラと赤い霧となり手応えも無い。すぐに元の体に戻って襲い掛かってくる。
“暗殺術”であいつの弱点を見つけようとするが、まったく見つからない。ひょっとして“魔核”が無いのか?
俺は何度も斬撃を繰り出す。しかし剣は体を通りすぎるだけで、まるで霞を斬ってるみたいだ。
魔神は口に手をあてて、欠伸をする仕草をする。
『もういいか? 飽きてきた』
軽く手を振ると、わずかに頬に触れただけなのに首が引き千切れるかと思うほどの衝撃が走った。
俺は石柱の近くまで吹っ飛び、身悶えする。
立ち上がろうとするが脳が揺れているせいで足が震え、まともに立てずにフラついていた。
「くっ!」
剣が効かないなら魔法で攻撃するしかない。体の周りから炎が噴き出し、巨大な龍へと形を変えていく。
「炎龍!!」
魔神を飲み込むほどの大きな口を開け、波打つように向かってゆく。相手はまったく避けようともしない。
炎龍が直撃し、その場に火柱が巻き上がる。
倒すことはできないだろうが、少しでもダメージを与えられれば……。
『なんだコレ、そよ風か?』
魔神は何ごとも無かったかのように、巻き上がる炎の中から顔を出す。
『火魔法ってのは、こうやるんだよ』
魔神は人差し指を立て、その指先に小さな火を灯す。
魔神の口元が歪んだかと思うと火は一瞬で広がり、辺りを飲み込む爆炎となって洞窟全体を火の海に沈めた。
「うああああーーーーー!」
あまりに強力な炎に体が燃やされていく。結界防御も、子供たちにもらった防具も突き抜けてダメージを与えてきた。
強すぎる……。
相手はまだ本気になってるように見えない。
俺はヨロヨロと立ち上がり、剣を構え魔神に向き合う。これだけの強さがあっても魔神王に勝てなかったのか。
とても信じられず、心が折れそうになる。そんな俺をラーゼスは、ただ黙って見ているだけだった。
「ラーゼス! 本当に俺はこんな奴に勝てるのか!?」
『……まー、無理だろうね』
「おいっ!!」
当たり前のように、あっけらかんと言いやがった。何を考えてるか分からないが、勝てないのを知っていながら、ここに連れてきたのか?
『どこを見てる?』
すぐ後ろから声が聞こえた。俺は振り向きざま剣を横に薙ぎ払うが、剣は魔神の体を通過するだけだ。
まるで雲と戦ってるように、相手に攻撃を当てることができない。
魔神は自分の前に赤い霧を集め、一振りの真赤な剣を出現させる。その剣を軽く一薙ぎすると無数の赤い斬撃が襲い掛かってきた。
『血殺刃』
凄まじい速さで飛んでくる刃を“神眼”を使って躱していくが、壁や地面に激突し複数の小さな刃となって跳ね返ってくる。
避けきれずに、全身が切り刻まれていった。
『その魔神の固有スキルは【血液操作】だ。自分の血を使って、あらゆる武器を作り出せる。並の武器や防具では防ぐことはできないだろう』
やはりラーゼスは、この魔神の能力を知っているようだ。その情報、戦う前に教えてくれないかな……。
大量の出血をし、たまらず膝を突いてうずくまる。
それを見た魔神は、ゆっくりと俺に近づいてきた。絶対に外さない距離に来たことを確認して、頭を上げて両手を突き出す。
「――ドラゴン・ブラスト――!!」
手の平から溢れ出した光は、暴虐の閃光となって魔神の体を貫く。
これなら、いくらなんでも効いているはず――
そう思っていたが、辺りに拡散した赤い霧がゆっくりと一カ所へと集まってくる。再び魔神の体を構成すると、何事も無かったかのように俺のもとへ歩いてきた。
『あんな攻撃もできたのか、気をつけねーとな』
魔神は自分の持つ赤い剣を上から振り下ろす。ギリギリで避けるが、その剣圧だけで地面に深い切れ込みが入る。
その長さは優に50メートルは超えていた。
まともに戦っても勝ち目はない。仮に、時間を止めることができるとしてもコイツには通用しないだろう。
相手が余裕ぶっている間に、一気に決着をつける。俺は魔神の懐に入り込んで、剣に闇魔法を乗せた。
「次元斬!!」
格子状の斬撃が魔神に襲い掛かる。何度やっても魔神は赤い霧となり、剣は空を切ったが、今回は少しだけ手応えがあった。
『おいおい、少しだが俺にダメージを与えてるな。その剣で体の粒子を削り取ったのか……褒めてやるよ』
そう言って魔神は剣で斬りかかってきた。
攻撃を剣で受けるが、あまりにも重い一撃でかなり後ろまで吹っ飛ばされる。なんとかしないと……そう思っていると左手に違和感があった。
見ると左手に赤い糸のようなものが無数に入り込んでいる。腕を振っても、剣で斬ろうとしても体から離れることがない。
『さあ、食事の時間だ』
左手から血が吸い取られ、見る見る干からびていった。とっさに剣で左腕を切り落とす。
空中に浮かんだ腕はボロボロと崩れていき、ヘラクレスの手甲と共に粉々になって赤い霧の中へ消えていった。
『ハッ、迷わず自分の腕を落としたか、いい判断だ』
左腕は“超回復”で元に戻ったが、今の攻撃をまともに喰らえば超回復があっても防ぎようがない。
『あの魔神は相手を捕食すると、その力を自分の物にして成長してしまう。つまり相手を喰う度に強くなっていくんだ』
「厄介すぎるだろう。そんな奴!」
魔神が剣を掲げたあと自分の周囲に炎を展開し、その炎を剣に集める。
奴が持つ炎の魔法剣から、もの凄く嫌な気配がする。まさか……。俺の違和感にラーゼスも気づいたようだった。
『アレは恐らく【炎帝の寵愛】を取り込んだんだ。力を吸収した時、稀に相手の固有スキルを奪い取ることがあるらしい』
「そんなこともできるのか?」
『この“アガリアレプト”が魔神の中で恐れられたのは何人もの魔神を殺し、その力を奪い取ってきたからだ。だからこそ魔神王も危険視した』
魔神は剣を振り上げ、笑いながら炎の剣を振り下ろす。
“結界術”を使って五枚のシールドを出現させるが、魔神の斬撃はその全てを破り、発動した固有スキルの【結界防御】も突き抜け俺の体に直撃した。
辺りの地面は無残にえぐり取られ、黒く焼け焦げている。
俺は左の上半身を失い、魔神からかなり離れた場所に倒れていた。ここまで飛ばされたのか……。
右手に剣は握っているが、動かすことができない。“超回復”で体をもっと再生させないと無理だ。
そう考えていた時、魔神は目の前まで来ていた。
気づくと、自分の体に血管のような糸が無数に巻き付いている。糸は体の内部まで入り込み、もう取り除くのは不可能だ。
魔神は冷酷な笑みを浮かべながら剣を俺に向ける。
こんな奴に勝てるはずない。俺は死を覚悟した。その時――
『本当にいいのか? 殺してしまって』
『あ?』
静観していたラーゼスが口を開く。




