第112話 闇の使徒
【????】
「…………おかしい………この世界の人間は既に滅んでいるはずだ。なのに何故まだ生きている?」
暗い室内に数人の影が動く。部屋の中央にある丸いテーブルの真上に、映像を映し出す球体が浮かんでいた。
「こんなに大勢生き残っているのか」
球状のモニターには人間が暮らす様子が映し出されている。
「あちらの世界でも能力に目覚める者がいることは予想していたが、我々が送り込んだ“神託の獣”を倒すなど信じられん」
「特にタイタン・ヒュドラ・ヴィシュヌなどは我々でも手に負えん化物どもだ。故に“王”の力をもって向こうの世界に送り込んだというのに……」
「人間の中に“魔神”に匹敵する者が現れたというのか?」
「分からぬ……予想外の力に目覚めた人間がいるのか……あるいは」
「何者かの介在があると?」
「いずれにせよ邪魔者は始末するしかあるまい」
円卓を囲む影の一人が振り返り、部屋の隅に視線を移す。
「ヒュブリス!」
闇の奥から、金属が擦れる音を立てながら人影が現れる。漆黒の鎧を纏い中世の騎士のような姿をしていた。
「行け! 我々の邪魔をする者を殺してくるのだ」
漆黒の騎士は、その命に無言で答え闇の中に消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【南極大陸――】
「どこまで行っても、何も無いな」
俺は空を飛びながら南極を見て回った。陸の部分も確かにあるが、ほとんどが雪と氷の世界だ。
大賢者の“アーカイブ”で南極だけランクが見えなかったから、気になって何度か南極には来ているが広すぎて何も見つからない。
「南極っていうだけじゃ分からないんだよな」
せめて、どの辺りか目星が付けばいいんだが………そんな事を考えながら今回もなんの情報も掴めないまま帰ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【国連ジュネーブ事務局 レオ・ガルシア】
大勢の記者が集まる会見場に、レオの姿はあった。
「では、イギリスの“統率者”を倒したのはあなたではなく、その五条という人物なのですか?」
「その通りです。我々だけの力では倒すことができず、彼の力を借りることになりました」
「しかし、多くの人はレオ・ガルシアが竜の王を倒したと思っています。それは国連にあなたが、そう報告したからだと聞いていますが?」
「はい、彼の強大な力が公になると無用な混乱が生まれると思い私がそう提案しました」
「実質的に嘘を吐いていることになりますが、どうお考えですか?」
「私が自分の判断でそうしたので責任は全て私にあります。多くの人々が望まないのであれば私は聖域の騎士団から脱退し、責任を取りたいと思います」
レオはイギリスの統率者を倒したのは自分だと報告していたため、マスコミを始め一部の人から批判が出ていた。
しかし、今回もレオが動いたことで問題を解決したことに変わりがなく、五条が日本政府を通して聖域の騎士団と協力したことで、イギリスの統率者討伐を成しえたと表明したため、批判は大きくはならなかった。
それ以上に批判が集まったのは国連と欧州議会である。情報の公表が遅れたうえ、ハンス議長の非人道的な行いが明るみになったことで世間からの集中砲火を浴びることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ」
会見場の脇に控えていたカルロが声を掛けてきた。
「それにしても人が悪いよね。世界的な英雄のレオ・ガルシアに聖域の騎士団を辞めろなんて言う奴がいるわけないよ。分かって言ってるんだろ?」
カルロとは比較的長い付き合いだからな。俺の考えはお見通しか……。
「責任を取ると言ったのは本当だ。俺にとって責任の取り方は命に代えて世界を守る事だからな」
「まあ、君らしいけどね。報道対応はひとまず終わりだろ?」
「ああ、とりあえず一息つけるかな。これからもメディア関係の依頼は全て俺に回してくれ、聖域の騎士団の活動には支障が出ないように頼む」
「あんまり無理しないでね。体を壊したら元も子もないよ」
「分かってる。体は丈夫だから気にしなくていい」
「そう、じゃあこれ以上は何も言わないよ。ただ一つ報告がある」
「なんだ?」
「“朱雀”からの連絡なんだけど、団員の一人が行方不明なんだって。まあ、理由は分からないんだけど」
「行方不明……」
「単に待遇がキツくて逃げ出したんじゃないかな?」
「そうか……なんにせよ気には留めておこう」
俺はそう言ってカルロと二人で会見場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【イギリス・スコットランド】
「今回もハズレだったな……」
アレクサンダーはレオの命を受けて、各地にいる強い異能者を探していた。聖域の騎士団を強化するためのスカウト活動だ。
フレイヤが抜けた穴は思いのほか大きく異能者の情報があれば、すぐさま赴いてその力を確認している。
「イギリスも“魔素”が強い地域なので異能に目覚める人は多いみたいなんですが、如何せん人口が減り過ぎましたからね~」
イギリス政府からは外務省のエドガーが案内役として派遣されていた。政府に集まってきた情報を精査して聖域の騎士団に渡している。
二人が人通りの少ない夜道を歩いていると、道の先の暗がりから足音が聞こえてきた。それが普通の人間ならアレクサンダーは特に気にもしなかっただろう。
だが現れた人物は黒い鎧を着た騎士のような格好をしていて、手には殺気を帯びた剣を握っている。
「なんだ。俺に何か用か?」
黒い騎士はゆっくりと歩み寄ってくるが、その速度が加速してゆく。
アレクサンダーは自分が剣を携帯していないことに舌打ちした。ただの人間なら素手でどうとでもできるが今、向かってくる相手は明らかに強い。
“鑑定”のスキルを持っていないアレクサンダーでも、その強さを肌で感じるほど只ならぬ気配がある。
エドガーを脇にどけ、素手で相手の攻撃を抑え込もうとする。急加速した黒い騎士はあっという間にアレクサンダーの懐に入った。
『 次元斬 』
鮮血が舞い、今までいたはずのアレクサンダーの姿はどこにもない。
道の脇で腰を抜かしながら見ていたエドガーが震えあがっている。漆黒の騎士は一瞬エドガーを見たが、特に興味を示さずそのまま闇の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その一報は聖域の騎士団に衝撃を持って受け止められる。
アレクサンダーが死んだ――
信じられない話を聞き、レオはイギリスに飛んだ。
「今は箝口令が敷かれてマスコミなどにはまだ流れてません。とにかく説明をしますのでスコットランド病院にお越しください」
空港でレオを迎えたのはイギリス情報局の職員だった。二人は車に乗り、急いで病院に向かった。
「アレクサンダーと一緒にいた外務省の人間と話はできますか?」
「かなり精神的なショックを受けておりまして……今は入院中です。話を聞いた者が言うには黒い鎧を着た人物に襲われたと」
「黒い鎧?」
病院に着き、二人はすぐに死体が安置されている霊安室に向かう。
「死体に何かあるんですか?」
「それが……とにかく見てもらえば分かると思います。その異常さが……」
含みのある言葉にレオは怪訝な表情になる。霊安室に着き、扉を開けると中には数人のスーツを着た男たちがおり、その中央にシートが掛けられた台が置かれていた。レオは真っ直ぐに台に向かって歩き出す。
「何故、どうやってそうなったのかは分かりません。ただ確認できる範囲で集められるだけは集めました」
シートをめくり、死体を確認する。それを見た瞬間、レオは絶句する。そこには、死体と呼べるものは無かった。
あったのは四角形に切り取られた数えきれない肉片の山だけだった。




