第102話 変化
ドイツ・ニュルンベルク――
「やはり、レオ・ガルシアは武器を渡しませんでしたね」
「まあいい、法案が通れば渡さざるをえまい」
二人の男が長い廊下を歩いている。
「それで、武器生産は順調か?」
「ハイ、ですが主要材料の量産には限界がありますので、そこはなんとも」
「急がせろ。すでに世界に発表して各国から問い合わせも来てる」
ドイツの軍需産業の大手DWMAの関連施設にハンス・ベレントの姿はあった。元々はドイツ軍の軍事部品を作っていた会社だが、現在は医療品や金融事業など幅広く手を伸ばしている。
ハンスと研究員が向かった先には、真っ白い部屋の中にポツンと一人の少年がいた。少年は部屋の中にあるベッドに座り本を読んでいる。
「あれが“賢者”の異能を持っている少年か」
「ええ、かなり珍しい異能者のようです。世界でも数人しか発見されていません」
「他にもいるなら、そこから情報が洩れることはないのか?」
「それは大丈夫でしょう。彼の職業ランクと言われるものは“B”だそうです。他と比べるとかなり高いので心配はないかと‥‥‥」
「そうか、しかし念には念をだ。他の“賢者”と呼ばれる異能者の監視を怠るな」
二人は隣にある部屋にも足を運ぶ、そこには何人もの男たちが働く小さな工場のような場所だった。
「彼らが“鍛冶職人”と言われる異能者です。能力としては珍しくないですが、能力ランクの高い者たちを集めています」
「もっと数を増やすことは可能か?」
「ランクの低い異能者ならいるのですが、高い者となると‥‥‥」
「奴らがいないと生産できないのか? ただ量産するだけだろう」
「残念ながら火薬の材料は“魔力”と呼ばれる物が含まれないと製造できません。何度か試しましたが、やはり異能者の力が必要です」
「忌々しいが、化物を倒すのはやはり化物か」
ハンスは踵を返し、歩き始めた。
「まあ、いい。化物共が全て死に絶えればいいだけの話だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ドイツ・ベルリン――
「なんだと!」
一報を聞いたサルマンは驚きと共に憤慨した。ドイツ政府がサルマンの研究所に強制的に立ち入り、異能者の武器を全て没収していったからだ。
「どういうことだ。おのれハンス!」
サルマンはすぐにハンスに電話を掛ける。電話に出たハンスは実に冷静だった。
「掛かってくると思っていたよサルマン。元気かね」
「貴様! どういうつもりだ。私がいくらお前の政党に献金したと思ってるんだ! 便宜を図らせるためだぞ。恩を仇で返すつもりか!!」
「誤解しないでくれ。本来なら許可も取らずにあんな武器を大量に持っていたら罪に問われてもおかしくない。私が便宜を図って穏便に済ませたんだ」
「よくも抜け抜けと‥‥‥」
ハンスは異能者に対して差別的だが異能者を利用するという点ではサルマンと一致していた。だが権力を得てサルマンを裏切った形となる。
電話を切った後、サルマンははらわたが煮えくり返る思いだった。
「あの武器や防具を手に入れるために、どれだけの金や労力がかかったか‥‥‥。覚えていろよハンス、この恨みは必ず晴らす!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「子供たちの様子はどうですか?」
フィリップ先生が心配して聞きにきた。
「かなり落ち込んでますね。何もやる気が出ないみたいで‥‥‥俺もどう励ましていいのか」
聖域の騎士団の活動停止が子供たちに想像以上のショックを与えていた。憧れだったんだから当然か。
「憧れ‥‥‥」
そうだ。いいことを思い付いたので実行に移すことにした。フィリップ先生と別れたあと、俺は瞬間移動するため亜空間の扉を開く。
イギリス・リーズ 特定保護学校
「ほら、みんな気をつけて!」
小学校低学年くらいの子が広い校庭を走り回っている。子供たちと一緒にいる彼女はとても嬉しそうだ。
「フレイヤ」
「え!? ゴジョー」
突然現れた俺にフレイヤはかなり驚いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
フランス・聖ヴィクタル修道院――
僕たちは七人とも教室に来て落ち込んでいた。宿舎でずっと寝てるわけにもいかないので出てきているけど正直、何もやる気にならない。
五条先生は午前中にどこかに行ったらしく、授業は自習になっている。
そんな時――
「おーい、お前ら外に出てこーい!」
五条先生の声だとすぐに分かった。修道院の中庭から叫んでいるようなので窓を開けて見ると、外には五条先生ともう一人女の人がいた。
一瞬、誰か分からなかったが、それが誰なのかすぐに理解する。
僕だけじゃなく、他のみんなも目を見開いていた。全員が慌てて中庭に向かって駆けだした。
「知り合いのフレイヤだ。無理を言って来てもらったんだ」
息が上がっている僕らの前で五条先生は軽い感じでフレイヤ・クルスを紹介した。いやいや世界的な大スターだぞ! なんでそんなに軽い感じで話せるんだ。
「みんなが落ち込んでるって聞いて、私でも力になれればいいなと思って来ました。フレイヤ・クルスっていいます」
フレイヤさんがしゃべった! 僕らのために来てくれたのか、みんなも舞い上がってるように見える。
「全然落ち込んでません。みんなも元気です!」
僕の言葉にアーサーやビクターも激しく頭を縦に振り、同意していた。エミリーでさえ話を聞きたそうにしている。
フレイヤさんがこの修道院に居たのは一時間ほど、イギリスの学校の仕事もあるので長くは居られないそうだ。でも僕たちにしたら、それでも充分過ぎる嬉しい時間だった。
色々なことを聞きたくて思い付く限りの質問をしてみる。
どうして聖域の騎士団を辞めたの?
つらいこととかありましたか?
レオやカルロってどんな人?
今まで戦って一番強かった“統率者”って?
などだ。後から考えると、五条先生とどこで出会ったのかは謎だったが聞くのを忘れていた。この時一番聞きたかったのは聖域の騎士団がこれからどうなるかだ。僕たちが心配そうに聞くと、フレイヤさんは笑顔で答えた。
「私が知ってるレオ・ガルシアって人は、そんなことで諦めたりしないよ。世界が本当に平和になるまで戦い続けると思うから」
それを聞いて、諦めていた心に希望の灯が付いた気がした。
「たとえ世界中の多くの人たちに知られていなくたって、たった一人で戦ってる人だっているんだから。ね!」
そう言ってフレイヤさんは五条先生を見た。よく分からなかったけど最後まで戦おうとするレオさんや聖域の騎士団のメンバーがいるなら、僕たちだって何か役に立てるかもしれない。
フレイヤさんが帰った後、僕らは気が抜けた状態になっていたが意を決して五条先生にお願いした。
「先生! 中国に行こう。もっと強くなりたいんだ」
他の生徒も同じ気持ちだ。今は活動できない聖域の騎士団だけど今後世界が危機に陥ったら必ず必要とされる。
その時、僕らが役に立てるようにならないと‥‥‥。
「そうか、分かった。だが行くのは中国だけじゃないぞ。強くなればアメリカやイギリスにも連れていく! 覚悟しとけよ」
「「ハイッ!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ブリュッセル・欧州議会――
この日、以前より審議されていた異能者私設組織の戦闘行為を禁止する法案が可決された。これによりEU加盟国は国内法に優先し欧州議会の法律(EU法)を守らなければならない。
EU圏内を中心に活動する聖域の騎士団は手足を縛られる形になった。
「ハンス先生。サルマンの研究所から押収した武器や防具ですが調べた結果、やはり異能者以外には使えないようです。どうされますか?」
ハンスの政策秘書が研究施設からのレポート内容を報告していた。
「そうか‥‥‥」
「どこかに保管する場所を手配しましょうか?」
「いや‥‥‥異能者の手に渡ると厄介だ。材料として使える物は軍に回せ、加工できない物は処分しろ」
「処分ですか? かなり貴重な物もありますが」
「異能者の能力は全て把握されてるわけじゃない。一部の者が武器を奪ってテロでも起こせば危険だろう。リスクは最初に排除しておくべきだ」
「分かりました。そのように」
◇◇◇◇◇◇◇◇
パリ中心部・リュクサンブール公園
市民のくつろぎの場所にもなっている観光名所の公園。多くの人が行き来する中、地面に一匹のアリがいた。
触角を動かし餌を探すように歩いている。
アリの背後から細長いうねる生物が地中から出てきた。細長い生物はアリの体に巻き付き、そのまま地面の中に引きずり込む。
誰も気づくことの無い、小さな変化はすでに起こっていた。




