小平市、小金井市・玉川上水
旅サークルの活動をすると言っても、いきなり遠出はなんだか気がひけるのでとりあえず近所の名所を訪ねてみることにした。
とは言ってもこの街、小平に18年間暮らしてきた私にはとてもこの街にそんな魅力ある場所があるとも思えなかった。いくつかの駅に囲まれた盆地の様な(実際は少し盛り上がった平地だが)東京都心に近く便利なベッドタウンという印象しかないのだ。それでも何とか捻り出そうと考えているうちに小学校の授業で取り扱ったものがあることを思い出した。玉川上水がある。
玉川上水は江戸時代に江戸中心部へと飲料水を送る為に開削された水路だ。玉川兄弟によって工事が行われ、多摩川より水を取り、多摩地区の灌漑を進め、百万人都心江戸を支えた上水路だ。
玉川兄弟のアニメを小学校の授業で観たことがあった。懐かしさと共にそんなアニメの需要もあるものなのかと感じ入る。
普段から最寄りの駅へ行く時にはこの上水を通るので、子供の頃から見慣れた場所だ。しかし改まっていつもの道を見るというのも一興で、今回の旅はここに決めた。もはや旅といえず、ただの散歩だが。
家から歩いて10分程で玉川上水、喜平橋に着く。もちろん取水口は遥か西の方にあるのだが今回はここをスタート地点とする。
玉川上水を挟んで道は両脇にあり、南側は住宅街に面しているため道幅は少し狭めで、通行量は少ない。対して北側は五日市街道と名前も付けられた都道でこちらも狭めだが交通量の激しい道だ。朝夕なんかは車やら自転車やらでとんでもないことになっている。なので普段は南側を自転車ですいーっと走ることが多いが、今回は敢えて北側の歩道を歩く。
歩道は堤で車道よりも50センチ程上げられていて、上水側半分は舗装され、残りの車道側は砂利道だ。
時たま同じ様に散歩をしている人や、ランニングをする人、自転車などが通り過ぎてゆく。左側からは常に騒音が聞こえてくるがそれは仕方ない。もっと上流の方へ行けばかなり穏やかな散歩道にはなっているのだが、少し遠い。歩いて行くのにはなかなか気力がいる。
あるいは静かに歩きたいのならば深夜がいいだろう。車通りも止み、歩く人も見えない。虫の鳴き声か、僅かに水の流れる音が時たま聞こえるのみで風のない日は全くの静寂になるだろう。私は雨の夜に歩くのが好きで、それが駅から帰る時の楽しみなのだ。
喜平橋から少し歩いていると小平市立第三小学校が五日市街道に面して建っている。選挙の投票所がここなのでつい最近来たばかりだ。朝はここもかなり混み合うのだろう。
次の橋は茜屋橋。新小金井街道の通る橋で、ここもまた交通量が多いが、道幅は広く南側はゆるやかに坂下へ下ってゆく。道路沿いの銀杏が風と共に揺れれば陽だまりも揺れる。ここも歩いていて心地いい。帰りに自転車でこの坂を登るのは地味に疲れるのだが。
茜屋橋を過ぎるとここからバスも加わり出し、車道は常に満杯だ。狭い路地から狭い五日市街道へバスは巧みに曲がっている。たまに使う路線だが毎度感心する。
玉川上水といえば、小金井の桜が有名で近くの都立小金井公園と共に小金井の桜スポットでは双璧をなす。これも江戸時代に植えられたものが元で、花見客に堤を踏み固めてもらうため、そして桜の花びらが水質浄化に役立つと考えられていたから、という。後者はさておき、花見客を利用するというのはなかなか面白い考え方だ。副次的な効果で結果上水は綺麗に彩られてもいる。
貫井橋を過ぎ、しばらく歩く。そういえば玉川上水は文豪の太宰治が入水自殺したことでも有名だ。ここよりも東の三鷹と聞く。当時は入水自殺をする人も確かにいた様だが、今となってはする人はいない。というよりも出来ないと言った方が正しい。今はもはや小川ほどの流れしかないからだ。太宰治が自殺した時には数日来の豪雨で増水していたそうだが、今の玉川上水を眺めているとやはりあの文豪が入水自殺をしたと言われても信じがたいものがある。太宰は三鷹に居を構えていたためにこの付近でも太宰が訪れた場所は数多くある。小金井の桜も見に来ていたかもしれないし、三鷹の跨線橋などは当時のままのものが今もかかっていて、同じ橋を渡ることができる。
小金井橋まで来て、小金井街道と交わる。斜向かいには都立小金井公園があり桜はもとより、江戸東京たてもの園などの施設もありなかなかどうしてかなり楽しめるスポットだ。
ここまで歩いて来て少し休みたくなってきた。駅前の喫茶店に入りたくなったので、帰りの都合も良いし、と右に曲がり小金井街道に入る。玉川上水を離れて坂を下ってゆく。よく整備された道路に両脇のマンション、コンビニ。これといって味わうものもないのでただ歩くのみだ。
20分程歩けば駅前、高架線が見えてくる。商店街の入り口、角地の一等地にある喫煙所を右に曲がり、少し入ったところの裏路地。古びたビルの階段を上がれば喫茶室たきざわがある。
いつも通り1杯目はアイスコーヒーを頼むと、服の袖にいつの間に付いてきていたのか小さなオサムシに気がついた。面倒ながらも紙ナプキンでそいつをとり外へ出て放つ。もし玉川上水から来たのなら少し申し訳ないことをしたなと地面に落ちてトコトコと歩くのを眺めて思う。




