『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、明日の朝日を拝める気がまったくしない』シリーズ
『剣と弓とちょこっと魔法の転生戦記』特別編 かつてあったかもしれない物語
「マイセン二回生、ナルデン二回生。何か申し開きはあるか?」
「ケッ。何もねぇから、さっさと罰則でも何でも決めやがれ」
「はーい、ヴァレリア三回生。そこのマイセン二回生は、伝統ある我らが士官学校で定められている門限を計画的にぶち破った大罪人なんで煮るなり焼くなり好きにしていただいてもいーんですけど、同室ってだけで私まで呼ばれるのは横暴でーす」
すっかりと人々が静まり返った夜更け。
帝国における軍事教育の頂点である士官学校の夜警当番室において、この日の夜警当番主任であるヴァレリア三回生と呼ばれた若者と、残りの二人の若者が机を挟んでイスに座り向き合っていた。
その中で、一人だけ全身の傷に応急処置を行っただけのマイセン二回生だけが異様であった。
「ナルデン二回生。お前とマイセン二回生の関係からして、手を貸していないのは分かっている。だからといって、知っていて止めようとも通報しようともしないのは十分に問題だ。ルームメイトに対し、もう少し関わろうとする姿勢くらいは見せてみろ」
「あー……それは申し訳ありませんでした」
ヴァレリア三回生は、ナルデン二回生へとそう言いながらもマイセン二回生とにらみ合っていた。
ナルデン二回生は、そんな状況を理解して、面倒そうに形ばかりの返事をすると我関せずといった態勢に入る。
そこで、入り口をノックする音が響いた。
「ダルシェン一回生、入室いたします!」
そう言って入ってきた夜警当番の若者に対し、反応したのはヴァレリア三回生のみだった。
入り口に背を向けて座っていた残りの二人が背を向けたまま堂々としていることに対し、むしろ緊張して入ってきたダルシェン一回生の方が心中で困惑している。
「それでダルシェン一回生。こいつらの処罰を決めるのにはいずれかの教官の決済が必要なわけだが、誰か捕まったか?」
「いえ、その……今は急ぎの仕事がある方が多く、一応、可能な限り早く来てくださると言ってくださった方も居まして……」
「ふん。傍系の有象無象の子爵家出身の成り上がり辺境伯って裏ではバカにしてるくせに、『マイセン辺境伯』相手に正面から罰則を与える度胸はねえってことだろ。腰抜けどもが」
その言葉に対し一番早くに反応したのは、相変わらず我関せずなナルデン二回生でもなく、どう振る舞うべきか測りかねているダルシェン一回生でもなく、静かに語りだしたヴァレリア三回生だった。
「お前がユスティア子爵家から本家の血筋が絶えたことで幼くしてマイセン辺境伯となったことから、一部の教官や生徒たちに心無い陰口を言われていることは知っている。お前が入学以来、しょっちゅう起こしている暴行事件が、そういう者たちを相手に起こしていることもな」
「だったらどうした?」
「目先の怒りのままに振る舞うな。それでは、お前自身の価値を下げるだけだぞ。お前は優秀なんだ。卒業まで無事に放校されずに過ごせれば、恩賜の銀時計も間違いないだろう。そうして結果を示せば、いずれ周囲の見る目は変わる」
それまでは投げやりな態度だったマイセン二回生だったが、その言葉を聞いて始めてヴァレリア三回生へと敵意をむき出しにした。
「価値を下げるなだと!? 本家本筋の血を引く大貴族の次期当主如きになにが分かる! のん気に学生なんてしてられる程度のお飾り辺境伯だろうとな、俺が軽くみられるってことは、俺の下の派閥に居る全員が軽くみられるってことなんだよ!」
「そうして目先の相手を潰しても、何も変わらんぞ。もっと先を見据えろ」
「先も見据えてるさ! 要は、裏であれこれ言う気すら失せるような圧倒的な力を持てばいいんだろう!? だから俺は、帝国宰相になってやる!」
その言葉を聞き、一瞬、場の空気が凍る。
そして、最初に口を開いたのはナルデン二回生だった。
「宰相ってお前、臣下としての最高位だぞ? お前、その素行で周囲の支持を得られると思ってたのか?」
「支持なんぞ要らないし、お行儀よくしてて支持なんぞされねぇだろうが! 誰もかれも、自分たちの利益のためにつぶし合って、足を引っ張り合って、それが政治なんだ! だから俺は、俺たちのために『敵』は全部潰してやる! そして、てっぺんに立ってやる! 生き残るにはそれしかねぇんだよ!」
「なら、『それしかない』現実を変えてしまえばいい」
ヴァレリア三回生の何てことないような軽い言い草に、感情をむき出しにしていたマイセン二回生もあっけにとられたのか固まってしまっていた。
そして、しばらく固まっていたマイセン二回生は、しばらく経って、絞り出すように言葉を発した。
「……随分と簡単に言うじゃねぇか」
「案外、簡単かもしれんぞ。ここに居るのは、帝国の上から四つの規模の大派閥を率いる家の現当主が一人に、次期当主候補が三人。ここに居る全員でやる気になれば、大概のことはできる。いずれな」
それまで黙って聞いていた二人であったが、急に話に巻き込まれ、それぞれに困惑を見せた。
「お前たちは、不服か?」
「……いや、地位にふさわしい能力と品格さえあれば、評価はされるべきという限度では同意しますよ」
「わ、私もです! 結果として競争に負けることはともかく、ただ引きずり落すことだけが目的の足の引っ張り合いなど何にもなりません!」
そんなナルデン二回生やダルシェン一回生の答えを聞き、マイセン二回生は苦々しげに言葉を吐いた。
「ふん、ガキの戯れ言だな。所詮はどいつも、まだ次期当主か。偉くなるってのは、お前らが思ってるよりも不自由なもんだぞ。派閥の連中だって、それぞれに事情はあるし、考えもある。何でもトップの一存でどうにかなるもんじゃねぇぞ」
「確かに、すでに当主としての振る舞いを求められるマイセン二回生にしか見えないものもあるだろう。きっと、困難な道でもあるのだろう。だが、困難であることは、諦める理由になるのか?」
そこで先に根を上げたのはマイセン二回生だった。「もう付き合ってられん」と不機嫌そうに言い捨てると、それ以上突っかかることはなくなった。
「さて教官方もここまで遅くなってしまっては、今日はもう来てくださらないだろう。一時解散としようか。マイセン二回生も、本格的に傷の手当てに行くといい。家や派閥の者たちのために戦うとの思いは否定しないが、ほどほどにな」
「え、いや……」
ヴァレリア三回生の言葉で解散かと思いきや、ここでダルシェン一回生が口を開く。
どうしたのかと場の注目が集まる中、恐る恐るといった様子でダルシェン一回生の口が開いた。
「あの、さっき教官方にお声をかけてまわっていた時なんですけど、マイセン二回生らしき人物が花街の飲み屋で乱闘騒ぎを起こして、その時におっぱいがどうのと口論になっていたと……」
何とも言えない表情で、ヴァレリア三回生が静かにマイセン二回生を見る。
マイセン二回生の方は、その視線から気まずそうに眼をそらしつつ、あくまで強気な様子で口を開いた。
「あの野郎、俺の馴染みの女をおっぱいが小さいからってバカにしやがったんだよ……」
「え? 何お前、貧乳派だったの? 貧乳はなくね?」
そのナルデン二回生の言葉が、止めとなってしまったのだろう。
「てめぇ! 貧乳とか些細な問題だろうが! 女は尻なんだよ!」
「は? マジでルームメイトがこんな見る目ないやつとは思わなかったわ。やっぱ、おっぱいだよおっぱい。おっきいのは、それだけで素晴らしいんだよ。これこそ真理」
「あんな、ただの脂の塊の何が良いんだ? おめぇこそ見る目ねえんだよ」
「あぁん!?」
「おぉん!?」
「まあ待てお前ら。尻や胸で女を語るなど、女性に対して失礼ではないか」
落ち着いたヴァレリア三回生の言葉に、二回生たちは言い争いをやめて、彼の方をうかがっている。
二人の二回生の不穏な空気にあたふたしていたダルシェン一回生は、この時にヴァレリア三回生の頼りになる姿に感動すら覚えていた。
まさかの展開に、すぐに手のひらを返すこととなるのだが。
「女は太もも。異論は認めない」
「ふざけんなてめぇ!」
「横暴だぞコラ!」
この瞬間、ダルシェン一回生は、同格の大貴族でもある先輩に対する遠慮を捨てた。
正確には、遠慮をするに足る存在ではないと、彼の中で格付けができてしまった。
「そんなくだらないことで騒ぐな! もう夜中だぞ!」
「うるせぇ! じゃあお前は女の一番魅力的なところはどこだと思ってんだ!? やっぱ尻だよなぁ!」
「いーや、おっきなお胸だな!」
「太ももだろう?」
それぞれに興奮状態になっている先輩たちには、後輩の心境などかけらも気付くことはなかった。そして、言葉遣いの変化にすら気付くことはなかった。
問われたダルシェン一回生は、将来的にはともかく、根は非常にまじめな男であり、問われたことに正直に答えてしまった。
「女はうなじだぁ!!」
そこから論争が乱闘になるまで、さほど時間がかからなかった。
「おい、お前ら。何を騒いで……」
ダルシェン一回生に呼ばれていたことから大急ぎでマイセン二回生の花街での乱闘騒ぎ疑惑への対応を済ませ、教官陣を代表してやってきたランドルク教官が室内で立ち入った時には、ボロボロになって倒れ伏す、自らの信念に殉じた四人の男たちが居たという。
「で、なんで四人仲良く便所掃除なんだよ!」
「手を止めるなマイセン二回生。罰則は罰則だ。手早く済ませてしまおう」
「あー、バカなルームメイトが女は尻とか言い出すから……」
「……うなじです。そこは譲りませんから」
「くそっ、やっぱりお前らとなんか分かり合えねぇ! 見てろお前ら! 俺は帝国宰相になって、お前らまとめてひれ伏せさせてやる!」