第33話 奥技
「こいつらはすべて子だ。親が近くにいる!」
そうフェリシアが怒鳴った寸秒、四人の目前に火焔の津波が広がりその中央が急激に薄れた。
いきなり今まで倒した赤竜の倍の大きさの巨竜が叫聲を響かせ火炎割って現れた。
フリーダはフェリシアが巨竜へ進み出ているのを眼にして顔を引き攣らせた。
いくらフェリシア様でもこれは無理だと思った。
「万物の根源たる裁きの光よ、この手に集い祈る汝の力、天空の槍を持ち思い知らせよ。我は乞う。汝の力による安らぎを────」
その早口の詠唱を耳にした寸秒、フリーダは眼を丸くして戦斧を振り上げフェリシアの前に出ようとするサロモンと破戒僧ダイストに叫んだ。
「伏せてサロモン! ダイスト!」
「贖罪の槍!」
一瞬、夜空に光が溢れ、その光りが一気に集まると上空から凄まじき勢いで落ちてきた城の斜塔よりも太い槍が巨竜の頭部を粉砕し地面に突き刺さり爆発した地面が滝のように土砂を降らせた。
その落石をダイストが聖なる防御法陣で防ぎ飛び跳ねる数多の石の先にもんどり打って地面に落ちた巨竜の胴体を眼にしフリーダは初めてその魔法を眼にし鳥肌立った。
「フェリシア様──無茶苦茶です────こんな────」
その弟子や男らに師匠フェリシアは背姿で警告した。
「皆、まだ片親だ。もう一頭、近くに雄の方がいるから」
ハイエルフとその弟子が互いに魔杖をかまえ上げ爆炎の残穢が散りぢりに飛び広がる上空を見回し、倒した巨竜よりさらに大きいであろう雄の赤竜を探した。
「フェリシア様、また一撃で倒されるおつもりですか?」
そうフリーダが小声で御師匠に問いかけた。
「どうしよう──だんだん難しくなって来てるから。これ以上大きな魔法使うと、みんなも巻き込まれるし────」
フリーダは星空へ游がせている視線を一瞬眼を丸くしてハイエルフへ向け思った。
この人は何を言ってるんだ!?
今、見せた魔法でさえ最高ランクの攻撃魔法なのに、まだ破壊力で上回るわたしが知らないものを隠し持ってるのか。それも一つや二つではない口振りなのだ。
「フェリシア様、雄の赤竜はフェリシア様の先ほどの贖罪の槍とわたしの精霊魔法の金剛石霧消で叩きましょう」
少し間をおいて考えたフェリシアはフリーダを褒めた。
「いいね、フリーダ。それでいこう!」
上空から雄の赤竜が雌が殺られた様を見ていたのか、即座に襲って来ないことに怒りを操れる狡知をもつ魔物だとフリーダは思った。
フェリシア様も先のようには容易くは──いいえ、あれが容易いものか! ──簡単には倒せない。
魔物に蹂躙され村人が次々に殺された中でひっくり返した馬の水桶に隠れていた。
その桶が持ち上げられ初めて眼にしたエルフに助けられその人を師匠と決め家族にしてもらった。
魔法を一から教わり、十年かけてここまで来た。
それなのに千八百年生きて研鑽を積んでる伝説の大魔法使いフェリシア様は、まだずっと先にいる。
手の届かない先にいながら褒めて頭をなでてくれる。
死なない。
この人となら死ぬものですか!
「上からだフリーダ!!!」
そう師匠が叫んだ一瞬フリーダは顔を振り上げ上空を見上げ────真上から翼閉じた城塞ほどもある巨大な赤竜が怖ろしい速さで降下してくる影が見えた。
やはり赤竜は知能が高い。あれだと魔法使いの天空の槍を打ち込めぬと考えたのだ。
それに金剛石霧消の攻撃スタンスよりずっと空高く、魔法が届く距離まで下りて来たなら速度が速すぎて狙いが定まらない!
困惑するフリーダの真横でいきなりハイエルフが片膝地に着き左膝立て、両腕を横に広げ頭下げ高速詠唱を始めた。
わたしが混乱して代替えの方法をまだ見つけだせぬというのに、フェリシア様はもう技を繰り出してくる。
それも一度も耳にしたことのない詠唱を!?
「────有を無に帰する昏きものよ。遠き彼方より放つ汝の力、地獄門を持って忌むべきものに喰らわん。我は想う。汝の力による答えを、奥技────────虚獄の奇襲────ユバハーションズ・フェステリーバ!!!」
大魔法使いフェリシアの前の大地が爆轟を放ち裂け城よりも大きな何かが数多の岩石を吹き上げ凄まじき勢いで駆け上るのを、フリーダはただただ鳥肌立って眼をとらわれていた。