第4話 ステップ
イルミ王女に言われ近衛兵達の居館の長テーブルや椅子が壁に寄せられた。そうして1人の近衛兵が王女へ金槌と釘箱を用意すると、彼女の前でアイリが金槌を受け取りその手で釘を2本つかみ出した。
王女はドレスの上からでもわかるほど胸を上下させ瞳を耀かせている。それを眼にしてアイリは口をへの字に曲げた。その背後で近衛兵長のライモが王女に懇願した。
「勘弁してくださいよ王女様。俺がそんな子どもを叩きのめしたら町で後ろ指さされるじゃないですか」
子どもと言われアイリは振り向いて背の高い近衛兵長を睨み据えた。
「あら、ライモ。怖じ気づくの? こんな可愛い女の子に」
そう言いイルミ王女は少女の被るフードを後ろから引っ張り脱がせた。露わになった蒼い髪と顔に近衛兵の男らからまずどよめきや息をのむ音が広がり冷やかしの声が溢れた。
それを無視するようにアイリは中央に行くと手早く両足に履く浅い靴を脱いで腰を折り横に長剣を置いて靴を肩幅に並べた。左の靴をやや前に出しそれぞれの爪先を軽く外へ振る。
何を始めるのだと男らの冷やかしが陰をひそめた。
そうしていきなり左の靴の中敷きの中央に釘を立て振り上げた金槌で一打ちした。指ほどの長さの釘がその一撃で殆ど刺さり靴を床板に固定すると釘から手を放してもう一打ちした。右の靴も二打ちで床に固定し金槌を壁際の男らの足元へ放りだした。
アイリは長剣をつかむとおもむろに立ち上がり動かぬ靴を履いた。
それを見ていて近衛兵長のライモは少女がやろうとしていることを理解し閉じた口をへの字に曲げると右手を横に突き出した。
「俺の訓練刀を!」
居館の裏へ1人の兵が走り出るとすぐに木製の大型剣を手にもどりそれを投げよこした。
「そんなオモチャで──瞬殺されたいの?」
少女の嘲りともとれる言い草にライモは口をあんぐりと開くと木剣の切っ先を相手に向けやり返した。
「お前、そのちんこい尻を叩かれひいひい言わされたいか!?」
侮辱にアイリは「チッ」と舌打ちし顔を逸すとニヤついた。そうしてぼそりとやり返した。
「でけぇだけの木偶は──さぞ斬りやすいだろうよ」
顔を赤らめふたたび閉じた口を歪めた近衛兵長が少女へ怒鳴りつけようと口を開くとイルミ王女が声をかけた。
「ライモ! 口先でなく真剣で相手をしておあげなさい! それでも貴方の手にあまるから」
王女の言い分にライモの眼が座ると彼のそばに3人の兵が歩み寄り、1人が近衛兵長へ大剣を手渡し少女に聞こえよがしに告げた。
「隊長、王女様は1対1とは仰っていません。その小娘に少々怖いというものを教え込みましょうや」
耳にして集まった4人にアイリは言い放った。
「私はここから一歩も動かぬ! お前達4人の着るそのチェインメイルに傷を入れるまでな」
「その果物ナイフで? 笑わせるぜ!」
近衛兵長へ大剣を渡した男が吠えた。
近衛兵長が木剣を床に投げ捨てるのを合図にその4人が剣を振り回しやすい間隔をとりそれぞれが武器のハンドルを握りしめアイリへ間合いを詰めようとした刹那、少女が下げた右手首を曲げ細身の剣を真横へ振り上げた。
その様を出入り口見つめるイルミ・ランタサルはたまらない興奮に両手の拳を強く握りしめアイリが何を皆に見せるのか固唾を呑んだ。
その時だった。
「ワン・ステップ──」
呟いた少女が横に突き出す細身の反った剣をゆらゆらと動かし始めた。次の寸秒、いきなりその剣が加速し風に消える霧のように誰からの眼にも見えなくなる。
近衛兵長ライモは何のマジックだとよく見ようと眼を強ばらせた。
剣はどこだ!?
だが剣が消えているのに少女が握るハンドルと末端の尖ったポメルが見えていた。いいや、違う──とライモは気づいた。
握るハンドルが、つかむ拳が微妙に霞んでいる! 腕を動かさずに手首から先で!?
「かかって来いやぁ!」
アイリが挑発した瞬間、近衛兵長が止めようと口を開いた前で3人の兵が剣を引き抜き振りかぶり少女に詰め寄った。その須臾、容赦なく斬り込んだ男らの中央で蒼い髪が飛び跳ね幾つもの残像が生まれ消え、凄まじい金属音が響き振り下ろした3つの剣が同時に上へ弾かれその剣がふたたび振り下ろされることはなかった。
3人の兵の胸や腹から派手に火花が飛び、男らは後ずさりしそれぞれがチェインメイルに刻まれた真新しく深い傷に眼を丸くした。
「さがれ!」
ライモ近衛兵長にそう言われなくても男らの戦意がすでに砕け散っていた。
このチビは恐ろしく速く動ける。
だがその小柄な腕のリーチと長剣とはいえチビの身長に満たない剣の届く範囲は大人のしかも大柄の自分が伸ばす大剣切っ先には及ばないとライモは見た。
「ガキ──おかしなことをやるな!」
ライモがそう言い放った瞬間、前に下がった蒼髪の合間から視線を振り向けたアイリ・ライハラが呟いた。
「トゥ・ステップ──」