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プロローグ

「おはよう、目が覚めたか?」


 静かな声が朝を告げる。視界には女の人がいた。

 艶やかな黒髪が印象的な美女だ。この美しさ、天の使いか何かだろうか。

 労わるように手を握られ、「よく眠れたか?」と聞かれたけどよく眠れなかったので答えに戸惑った。ここは正直に頷いていい、なのだろうかわからなかった。眠っていたにしては身体は全身だるくて疲れは取れておらず、とても起き上がる気にはなれない。

 “目が覚めたか?”と尋ねられたということは私が目を覚ますまで待っていてくれたのだろう。

 けど、この人は一体誰だろうか?

 この人は私と初対面の人だ。


 “貴女は誰なんですか?”と尋ねようとしたけれど、喉が痛くて声が出ず、乾いた咳をこぼしただけだった。


「ずっと眠っていたから喉が渇いているのだな。水を持ってきたから飲んでくれ。気が利かなくて済まない」


 女の人が申し訳なさそうな顔をした。知らない人――それもこんなに綺麗な人に心配をかけることこそ申し訳なくてそんなに気にしないでくださいと言いたかったが、やはり喉が痛くて声が出ない。自分は風邪でもひいているのだろうか。

 手伝ってもらいながら体を横に向けて、コップから一口水を飲む。一苦労だったがおかげで喉が潤った。よかった。これで、ようやく気になっていたことが訊ける。


「ここはどこで、あなたはだれですか?」


 出た声が思った以上に舌足らずで、かすれ声で驚いた。そして、急に話したから咳が止まらなくなった。







 人生は試練の連続だ。

 特にここ最近の私――――九条奏は身内の不幸に見舞われていた。

 半年前に父が通勤中の電車で事故に遭って死んだ。整備不良による脱線事故だったらしい。あとを追うように母も病気で急死した。

 そして、その二か月後、兄も飲酒運転をしていた自動車の事故に巻き込まれて亡くなった。


 私が就職して数年、ようやく仕事にも慣れてきた時期である。まさか一年以内に家族が三人ともなくなるなんて、どういうことだろうか。


 父も、母も、兄も、困っている人がいたら助けましょうを有言実行できる善い人だった。それを証拠に、お葬式には大勢の人が来て、皆一様に「あんなにいい人が」と言って泣いていた。

 そんな三人を見て育った私も、グレずまっすぐ謙虚に真面目に生きてきたつもりだった。


 その日、私は父の月命日のお墓参りに来ていた。お墓は生前山登りが好きだった父のために母と兄が死ぬ前に私と三人で相談して山にある墓所に奉納していたため、いつも行けるわけではなかったけど、丁度休日だったので、朝からお墓に立ち寄って、花を添えた。

 手を合わせて近況を報告して、帰ろうとしたときだった。

 大きな地鳴りと共に地面が揺れた。

 いつまで続くのだろうと思うほどに長い揺れだった。ようやく揺れが収まって時計を見ても時間はたいして進んでおらず、1分経ったか経っていないか程度だった。


 生まれてから初めて経験するような大きな揺れだったがお墓が山の中にあったことが幸いし、倒れる電柱もなければ建物ものない、しいて言うなら墓石くらいだったけれど、帰る途中で道路の真ん中にいたため問題はない。


 もしかしたら、父が守ってくれたのだろうか。

 そんなことを思いと共に私の頭の中はすでに地震の揺れによる影響を考えていた。酷い揺れだったから家はぐちゃぐちゃになっているかもしれない。会社は無事だろうか? 友人は?

 とりあえず携帯端末から情報を得ようと画面に指を滑らした瞬間、また地鳴りが聞こえ、わずかな揺れが起きた。

 余震と言う奴だろうか。

 仕方なくしゃがみ体を小さくして頭を手で守る。


 揺れが収まるのを待つが、一向に収まる気配がない。どころか、酷くなっている気がする。特に、さっきよりも地鳴りが酷い。ここが山だからだろうか。

 不安になって顔を上げる。


「っ…………!」


 あ、手遅れだ。

 そう思った。

 私の目の前には土砂が迫っていた。

 まるで映画を見ているみたいで、現実味がない。私に向かって一直線に山が崩れてきている。これは無理だ。逃げられない。


 いってきますと言ったっきり帰ってこなかった父を思い出す。

 父を失ったショックで衰弱した母を思い出す。

 両親の死後なんとか頑張ろうとしていた兄を思い出す。

 三人を失って悲しみながらも私はなんとか生きてきた。


 三人が――――私の家族が一体何をしたというのだろうか。

 私が何をしたというのだろうか。


 これじゃあまるで、神様から天罰を受けているみたいじゃないか。


「はは……」


 思わず笑いがこぼれた。

 特に神様何て信じていたわけではないけれど、ここまで理不尽な目に合えば、逆に神様はいるのではないかと思えてくる。否、いるに違いない。

 全知全能で、独善的で、きまぐれで、とびっきり理不尽な神様が。

 そして、選ばれる人間と、選ばれない人間が居て、私たち家族は選ばれなかった。


 本当、なんて理不尽なんだろう。


 終わりは一瞬だった。

 岩が、土が、砂が、木が、私を襲って――――――……







 ……――――――というのが最後の記憶である。


 墓所にいたはずなのに急に起きたら知らない場所にいてびっくりした。否、あの土砂崩れから救い出されたのなら別に知らない場所――――たとえば病院とかならここまでびっくりしたりしないのだけれど、私の知っている日本の建物とは違う室内に、日本人とは明らかに違う綺麗な女の人がいたので余計に驚いた。

 咳は水を飲んで落ち着いて、女の人から渡された薬を飲んだら少し体調がよくなったので、状況を整理しようと思う。


 起きたとき、そばに居てくれた女の人はすぐに名乗ってくれた。メルセデス・ベルタ・モトールヴァーゲンというらしい。人間で、魔法使いらしい。


 魔法使い。


 まるでファンタジーの世界のような話だが、メルセデスさんはすごくまじめな顔で話をしている。


「つまり、私は倒れていたところを貴女に助けられたということでしょうか?」

「否、違う――――お前は、私の患者だ」

「か、患者…………」


 確かにこの状態。

 健人とは言い難い。


 そして、今気づいたが、私の身体が縮んでいる。てっきり体調が悪いから感覚がおかしくなっているとばかり思っていたが、両手を見ると記憶より手が小さくなっているし、全体的にも小さい気がする。特に胸部が。


「魔法使いと言ったが、同時に、医者もやっている。魔法を使った治療もしている。お前はその関係で来た患者だ」

「なる、ほど」


 メルセデスさんは私の主治医というやつのようだ。だったらメルセデスさんじゃなくてメルセデス先生だ。

 

「もううちに来て8年になる」

「なる、ほど?」


 よくわからない。

 私の記憶ではついさっきまで土砂に埋もれて死んだはずなのに、今あるこの身体は少なくとも8年ここにいるらしい。


 そもそも、この身体は何歳なのだろうか。


「お前は、定期的に――――ぴったり一年の周期で記憶を失くしている。お陰さまで8年続けてお前に自己紹介をしている」

「それは、申し訳ありません」

「いや、謝ることではない。私がお前に治療に必要なことを何もしてやれなかったというだけだ」

「?」

「その様子だと自分の記憶もないのだな……」


 悲しそうにメルセデス先生は目を伏せる。


「自分について、わかることはあるか?」

「えっと……」


 自分のもといた世界には魔法なんてなかったから、おそらく、異世界トリップしたのでは? と思ったけど、これは病人の戯れ言と流されそう……。

 自分の歳もわからないし、名前もわからないし、そもそも起きてから一回も鏡を見ていないので外見もわからない。


「自分が女だと言うこと以外は特に」


 そういうと、メルセデス先生はうなだれたように「そうか」と言った。


「すまない。また今年も、私はお前を助けることができなかった」

「いえ、別に……」


 そこまで気にすることではないと思います。どういうわけか、私自身、この世界でのこれまでの記憶がないことに不安も不満も感じないのだ。


「…………去年もお前はそう言って私を責めなかった」

「はぁ、まあ、そうでしょう。どれだけすごいお医者さんでも治せない病気はあります。そばに居てくださっただけで充分です。もし起きた時一人だったら、私、とても困っていたでしょうから」


 そう言うと、メルセデス先生は苦笑して首を横に振る。


「それは眠る前のお前にも言われたよ。私に何かできることはあるかと問うたら『起きたとき一人じゃ不安だろうからそばに居てください』とな」

「…………そうでしたか、私の願いを聞いてくださってありがとうございます」


 そしてグッジョブ、昨日の私。記憶ないけど。


「いや、大したことじゃない。私は結局、それしかできていないのだから。しかし、何はともあれ、お前は最低でもまた一年ここで暮らすことになるんだ。また一からここで暮らすうえでの注意事項を教えなくてはいけない。しかし――」メルセデス先生は私の手を取る。「まず、はじめにお前の名前だ」


 そうして、大事なものを渡すようにそっと言葉を口にする。


「お前の名前は、ディアマンテ――――ディアマンテ・サン・ローゼン」


 少し力を込めて私の手を握り「次は忘れないでくれ」と彼女は言った



お読みいただきありがとうございました。

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