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第7話「初対面には自己紹介から」

 コポコポコポ。

 白いティーカップに熱い紅茶が注がれる。

 計五つの紅茶がテーブルに置かれ、そのうちの一つが俺の前にも出された。

 俺は紅茶を嗜まないが、何となく上品な香りだと思った。

 試しに、一度だけ口を付けてみる。

 ……うん。ただの甘いお茶とだけしか理解出来ないな。


(……なるほど。安心しろエーデル。どうやら毒は含まれていないようだぞ)

(出された物に対して失礼ですよ御主人)

(こんな怪しい場所で出された紅茶だぞ? 何かあるかも知れないと疑うもんだろう、普通)


 俺がエーデルとコソコソ会話をしている最中も、佐々江さんは明らかに不機嫌な表情で俺を睨んでいる。

 俺とエーデルが部室棟で発見した秘密の部屋。俺達は、部屋の情報を得るために室内への潜入を果たした。

 しかし、不運なことにも、クラスメイトの佐々江さん含む三人の少女に姿を見られてしまったんだ。

 この最悪の結果に、俺は逃走することも思案したが、どうやら向こうはすぐに俺達をどうこうする気は無いようだった。

 情報不足が否めない現状だ。

 俺は、多少のリスクを背負ってでも相手への接触を試みることにした。

 そして……この状況である。

 俺とエーデル。

 佐々江美典とクール少女、そして秘密の部屋で眠っていた金髪美少女。

 この五名がテーブルを挟んで対面している。しかし、お互いにまず何を話したら良いのかわからないようで、気が付けば時間だけが過ぎていた。


(あ、御主人。そろそろ午後の授業が始まる時間ですよ?)

(欠席する)


 どう考えてもそれどころではない。

 敵は三人。こちらは二人。数の上では不利な状況だ。

 俺は魔王を倒した勇者として、自分のことを異世界最強の男だと自負している。

 ……しかし、世の中には頭の良い奴がいるものだ。俺みたいな単純な腕力と魔力だけしか取り柄のない奴を掌で踊らせる策士がいるのだと、俺は異世界での経験で学んだ。

 情報不足が否めない。

 目の前にいる可憐な少女達は、十中八九で何かしらの特殊な能力を所持しているはずだ。でなければ、この秘密の部屋の説明がつかない。

 そうでなくても、特に佐々江さんには不可解な点が多いからな。

 少女達は何者なのか。

 どんな力を有しているのか。

 それがどれだけの脅威を持っているのか。

 ……今まで集めた情報だけでは想像の範疇を超えない。


「……一個だけ聞きたいんだけどさ」


 その時、沈黙したこの部屋で発言をする人物が現れた。

 口を開いたのは、先程までこの部屋で居眠りをしていた金髪美少女だった。

 少女は、感情の読めないボーッとした表情で、エーデルを指差した。


「その格好ってコスプレ? もしかして、そこにいる野郎の趣味なのか?」


 ……容姿に似合わない乱暴な口調だ。

 外国人に見えるが、日本での滞在が長いのだろう。少女は実に慣れた調子で日本語を話していた。


「趣味、といえば趣味ですね。最も、この服装は主人に使える者として相応しい格好であると自負していますが」

「ふ〜ん」


 エーデルは、金髪美少女の質問に素直に答える。

 一方で、向こう側の椅子に座っている佐々江さんは、呆れたようにため息をした。


「……貴女。まず最初に聞くことがソレなの?」

「空気が重いんだよ。そもそも今どういう状況な訳? あたし寝ていたからわかんないんですけど〜!」


 金髪美少女は、足をバタバタさせて愚図り出した。

 あまりマナーが良いとは思えない振る舞いである。

 異世界でも、時々見かけたわがままお嬢様か? まさか日本でお目にかかれるとは思わなかった。


「粗相をしないの」

「いてっ」


 佐々江さんは、金髪美少女の頭に軽くチョップした。

 一方で、未だ名も知らぬクール少女は、こちらに目を合わせようともせずチビチビと紅茶を飲んでいた。

 俺の考察から分析するに、この部屋を利用しているメンバーの数は計三人。おそらく、彼女達がそのメンバーだろう。そしてこの様子だと、どうやらこのメンバーのヒエラルキーの頂点は佐々江さんのようだ。

 ……ボサッとしていても仕方がない。俺は、意を決して会話に踏み込むことにした。


「まずは、初見の人もいるようだし自己紹介しようか。俺の名前は、待浩二。ここ鏡音第一高等学校、二年一組の生徒だ。そしてこっちが……」

「エーデルと言います。ワタシの御主人、待浩二の専属メイドを務めさせていただいております」


 エーデルの自己紹介に、三人は目を丸くした。

 そりゃあそうだ。日本で本物のメイドを見る機会はそうそうない。しかも、ただの高校生である俺の専属メイドだと言うんだから、どんな狂言だと疑う気持ちにもなるだろう。

 俺はわざとらしく咳払いをしてから、前にいる三人を見据えた。


「まあ、色々と話をしたいところだが、こちらも名乗ったことだし、君らもそれぞれ自己紹介をしてくれないか? 名前も知らないんじゃあ、なんて呼んだら良いのかわからないからな」

「……佐々江美典よ。鏡音第一高等学校二年一組の生徒」


 佐々江さんは、警戒を緩めることなくそう答えた。

 教室でも見せた厳しい眼つきを、さらに険しくして俺を睨んでいる。


「そっちのチビチビお茶を飲んでる子は?」

「…………っ」


 俺が視線を向けると、クール少女はビクッと肩を震わせた。

 出来るだけ俺と関わりたくないのか、少女は明後日の方向を向いて全力でお茶を啜る。

 いやいや、もうとっくに飲み干してるだろうソレ。


「遊舞。自己紹介して」

「…………」


 佐々江さんがそう促すと、クール少女はティーカップから手を離した。

 そして、少しだけ俺の方を向いて口を開く。


「……久喜くき遊舞ゆうま、です」

「ほお、久喜さんか。ようやく名前がわかったぜ」

「同じクラスなのに、知らなかったの?」

「俺って、関わりが薄いと名前を覚えようって気になれないんだよねぇ〜」


 嘘は言ってない。

 実際、昔の俺はそういう奴だった。クラスメイト、友達の必要性が理解出来なかった。

 こんなん覚えても意味ねーよって感じで、勉強も同じ感じでサボってたからな。

 ……うん。それは今でも同じか。勉強今でも普通に嫌いだし。


「で、そっちの可愛い子はなんて名前だい?」

「子供扱いすんなシバくぞコラ!」


 金髪美少女は、俺に対し罵倒を吐きながら舌を出してきた。

 こんな態度をされると、『美しい天然ブロンドヘアーのお嬢様』というよりも『若気の至りで髪を染めた近所のヤンキー』のように見えてくる。

 おい、やめろよ。俺の純真な心を汚さないでくれよ。


「あたしの名前は富永とみなが愛久めぐだ! 言っておくが、学年はお前と同じ二年だぞ!」

「そうなのか? ……それにしても、名前は普通に日本人と同じなんだな」

「ああ。親父が日本人で、かーちゃんがイギリス人なんだ。一応、ハーフってことにはなるが、イギリスには一度も行ったことがない。あと、英語は一つも喋れねーからそこんとこは期待すんなよ」


 何だ、エセ外国人かよ。

 それにしても見た目と態度が全く一致しない奴だな。黙っていれば美少女なのに、正直かなり勿体無いぞ。

 だが何にせよ、これで相手三人の名前はわかった。

 隣の席の優等生、佐々江美典。

 人見知りなクール少女、久喜遊舞。

 見た目だけ美少女、富永愛久。

 ……どれも可愛い女性ばかりだが、油断は禁物。彼女達は、何かしらの秘密を持っているに違いないんだ。

 この三人が、どういう奴かを探るために俺が取れる方法。それを模索しながら、彼女達と話し合いをしなければならない。


(腹の読み合いかぁ。俺が一番苦手な戦いじゃねーかよ)


 だとしても、今更逃げ出すことは出来ない。戦いのゴングは、既に鳴らされてしまったのだから。

 魔王さえも倒した元勇者の俺が、現実世界での最初の戦いが、まさか平和的会話での情報戦とはな。どんな運命の神様だよ。

 俺は、ふと隣に座るエーデルに視線を向けた。

 エーデルは、俺が見ていることに気付くと、何故か嬉しそうに微笑みを浮かべた。


(……でも、一人ではないんだよな)


 俺には、掛け替えのない仲間が居てくれる。

 その事実だけでも、前を向いて挑める勇気が湧いてくれるのだから全く不思議だ。



 ……さあ、始めるとするか。

 異世界を救った元勇者、待浩二。

 現実世界に帰ってからの初試合。いざ、開幕だ!

読了ありがとうございます。

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