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死の花が咲いた日  作者: 巫 夏希
二章 前日
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第06話 御対面(前編)


 結論を先に述べると、準備期間の四日のうち三日間は何も起きなかった。その間会場の視察や各国の祈祷師に振る舞う料理を試食するなど様々なイベントがあったのだが、何事もなく進んでいった。

 まあ、つつがなく進むことは悪い話じゃない。警備をしている人間が一番楽出来るときというのは何も起きないときだからな。いつもアルナと一緒に行動していないといけない、という制約はついてしまうが、何事も起きないことを考慮すればそんなデメリットは微々たるものだ。

 そして、祈祷師会議まであと一日と迫ったその日。

 その日は各地から集まる祈祷師を出迎える日だった。王宮にあるゲストルームにて僕とアルナは待っていた。

 これにはどんな意味があるのだろうかと思っていたが、どうやら昔からの伝統的な行事であるために、そうなかなか変えることも出来ないのだという。面倒な考えではあるが、昔から続いていることならば仕方ない。


「どうしたの、アルファス。ちょっと不安なの?」


 ……アルナからそれを指摘されたとき、僕は思わず失笑してしまった。なぜ失笑してしまったのか、簡単に言えば、他人に不安に見られるほど落ち着いていなかったということだ。だから、僕は笑うしかなかった。

 それについてアルナは意味が解らなかったのか、首を傾げていた。


「……お二方、南の国からの祈祷師がご到着いたしました」


 それを聞いて僕とアルナは立ち上がった。

 ゲストルームの扉がエレンによって開かれたのは、ちょうどその時だった。

 入ってきたのは、黒いドレスを身にまとった女性だった。黒いドレスはところどころにレースをあしらったものであり、どこか位の高い――それこそ王女のような――人間に見える。まあ、祈祷師は位が高い人間だからその解釈には間違いないのだが。

 頭を下げる女性。ドレスの裾をもって、高貴な雰囲気を所作一つ一つに漂わせている。


「初めまして。南の国の祈祷師を務めている、ナユシー・アパランシアと申します。以後、お見知りおきを」

「初めまして、私はこの国の祈祷師を務めるアルナです。よろしくお願いします」


 二人は挨拶を交わし、その後固い握手を交わした。

 ナユシーはその後ゲストルームを見渡す。ゲストルームはソファに椅子、いろいろなものが用意されている。あくまでも今日の目的は顔合わせに過ぎないから、このようなラフな雰囲気で問題ないらしい。


「それにしても……私が一番乗りですか。まあ、別に問題ないとは思いますが。実際、今日は公の集まりであるとはいえ、明日の会議の前哨戦にすぎませんからね。こんな感じになるのが当然といえば当然でしょうが」


 そう言ってナユシーはソファに腰かけた。しかも真ん中。何というか、やはりお嬢様気質が見受けられる。そもそも、もともとお嬢様だったのかもしれないが。

 次にやってきたのは、北の国の祈祷師だった。巨大な毛皮のコートを従者に持たせていたが、ゲストルームに入るのはさすがに彼女一人だった。コートの下は薄い青のドレスにビスチェを身にまとっていた。まだ二人目だが、やはり祈祷師のファッションセンスはおかしい。


「遅くなってしまって申し訳ありません。それにしても、この国はとても暑い国ですわね……。私の国と比べると天と地ほどの差がありますわよ。もしかしてこの国はずっとこういう気候なのかしら?」

「……確かに北の国の祈祷師であるあなたならば、この国の気候は少々暑いかもしれません。残念ながらこの国はお金がありませんから空気を調節する箱のようなものはないのですが……」


 空気調節器。

 僕たちはそう呼んでいる。魔石に空気を調節する、正確に言えば風を生み出す魔法陣を組み込ませてパワーを調節することもできる。はっきり言ってどういうメカニズムで動いているのかは定かではないが、いずれにせよそれを使うことで生活がかなり楽になった人が多いことも事実。結果としてそれを使う人も居る事は居るが、最終的にまだこの国にはあまり流通していない。浸透していない。


「……北の国は寒い国ですからねえ。まあ、私たちからしてみればほかの国は暑い国になりますけれど。とにかく、私はとても疲れました。飲み物っていただけますか?」

「承知いたしました。どのような飲み物がよろしいでしょうか?」


 即座に答えたのはエレンだった。


「別に事務的な回答なんて望んでいないから。とにかく飲み物を持ってきて頂戴。喉が渇いて仕方がないのよ。……ああ、あと私の後についてきていた砂漠の国の祈祷師の分も用意してあげて。私ほどじゃあないけれど、彼女も砂漠を旅してきたから相当喉が渇いていると思うし」


 あれ。そう言うということは、ただのワガママではなさそうだ。もしかして、砂漠の国の祈祷師に飲み物をあげるためにわざわざワガママを突き通したとか言わないよな? ……だとしたらそれはそれで変わっているけれど、とても人に話をするのが苦手な分類なのだな、とは思う。

 そしてその北の国の祈祷師のいう通り、すぐに最後の祈祷師がやってきた。

 砂漠の国の祈祷師、と呼ばれた彼女はとても煽情的な恰好をしていた。祈祷師と呼ばれなかったら、ただの踊り子と言われてもおかしくないくらい露出度の高い恰好だった。上半身はブラジャーのみ、下半身はパレオを巻いている。しかもパレオの隙間からパンツに結合していると思われるアクセサリーが垣間見える。はっきり言って、目のやり場に困る格好だった。


「……すいません、大変遅くなってしまって……。砂漠を超えるのが、予想以上に大変だったものですから……」

「ほんと、相変わらずとんでもない恰好よね、あなた……。まあ、それはそれとして安心なさい。まだそんな慌てていないから。あと、飲み物もあなたの分を用意しておいたから」


 用意というか注文の間違いではないだろうか。

 そう言いたかったが、必死にそれを堪える。

 それにしても――周りを見渡してみると、なんと独特なファッションなのだろうか。祈祷師は独特なファッションをすることが義務として決まっているのだろうか? こう見ると、アルナの恰好が比較的――というかどう見ても普通の恰好にしか見えない。


「お待たせいたしました、飲み物になります」


 六つのコップをトレーに載せてエレンが持ってきたのは、それから二分後のことだった。

 全員が椅子やソファなどそれぞれの場所に勝手に腰かけていて、ゆっくりと休憩していた時のことだった。

 ちなみにその二分間、会話は一切無かった。話すことはいろいろとあるのではないかと思ったが、結局一言も発することなく彼女たちは時間を潰していた。


「……ところで、今日の目的はなんだっていうんだ?」


 話を切り出したのは、北の国の祈祷師――名前はミネアだったか――からだった。ミネアはまだ部屋が暑いのか手を団扇代わりにして風を何とか生み出している。というかそこまですれば魔法を使えばいいだけの話だが、祈祷師ですら魔法は簡単に放つことが出来ない、ということを思い出したのでもう何も言わないことにした。

 ミネアは髪をかき上げて、残りの祈祷師に問いかける。


「別に顔合わせが理由だというのならば、これで終わりにしてしまったほうがいいのでは? 別に時間が無いということはないけれど、明日から祈祷師会議の本番が始まる。ならば、そのために休憩することも必要でしょう?」


 ミネアの言葉は道理だった。いずれにせよ、ミネアじゃなかったにしても誰かが言うはずだったその言葉を、彼女が代表して発言しただけに過ぎなかった。

 ミネアは方々を睨み付けるように見つめる。だが、返答は無い。そもそもそんなことを考えることすらしていなかったようだった。

 最終的に彼女は溜息を吐いて、


「……まあ、いい。今の祈祷師はこういう人間ばかりだということは解っていた。結局、お前たちは祈祷師会議さえ、本番の会議さえまともに進行していればいいというのだろう」

「ちょっと、その発言はいくらなんでも……!」


 そういったのはエレンだった。

 対して、ミネアはエレンの方向を睨み付けて、


「どうした? ただの人間風情が、祈祷師の意思に反旗を翻すと? 随分といい身分だこと。だが、いくら何でも言っていいことと悪いことがあるぞ?」

「それはあなたとて一緒でしょう、ミネア」


 ずっと沈黙を維持していたアルナは俯いたまま、そう言った。

 対してミネアはアルナの前に立って、彼女を見下した姿勢のまま、


「……あんた、何を言っている? お前は主催国の祈祷師なのだろう? その発言はどうかと思うが。私は客人としてこの国に招かれた。客人の意思を尊重するのが主催ではないのか?」

「そういう客人は自らを客人だと驕らないものよ、ミネア。……それに、私は別にあなたを一方的に否定するような発言をしていません。確かに、はじめにああいう発言をした私の国の人間にも非はあります。しかしながら、その前提条件としてあなたが苦言を呈し空気を悪くしたこともある。それも理解できますね?」

「お前……」


 アルナはミネアを見上げていた。

 そしてそれは彼女なりの反撃とでもいえばいいのだろうか。ずっと僕はそれを見ていたが、祈祷師は言葉で戦う――そんなことをどこかで聞いたことがあるが、まさにその通りだった。

 ぐう。

 張り詰めた空気を変えたのは、誰かの腹の音だった。

 いったい誰の腹の音なのか。はっきり言ってそんなことを推理する余裕など無かったが、すぐに張り詰めた空気は普段通りの――普段通りがどういうことを指すのかはっきり言って定かではないが――いずれにせよ、空気が改善されたのは確かだった。

 そして、暫しの沈黙ののち。


「……すいません、ちょっとお腹が空いてしまって」


 そう言って砂漠の国の祈祷師――ミルシアが頬を赤らめて恐る恐る手を挙げた。



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