第22話 真犯人
「まさか、祈祷師を殺してその花を食べてしまうとはね……。案外、僕のように不条理としてやっていく素質があるのではないかな?」
「軽口をたたいている暇があるのも、今のうちだぞ。不条理」
僕はそう言って、不条理めがけて走り出した。
不条理と僕との距離は、およそ十五歩。走れば数秒ともかからない距離だ。
しかし、裏を返せば――それは敵の攻撃を十分に受ける可能性のある距離と言っても過言では無かった。
刹那、床から大量の根が生えてきた。それはそれぞれ意思を持っているように見え、その根一つ一つが障壁を作り上げていく。
「まさか、これ一つ一つが……!」
「そうだよ。名も無き騎士。これは僕が作り上げた負のエネルギー、それを凝縮させたものだ。自我は持っているが、それでも僕の命令を聞く忠実なしもべだ」
忠実なしもべ、か。
僕は剣を構える。そうであっても、この根を断ち切るしか今の僕には残されていなかった。
たとえそれがどれほど困難であったとしても。
「だから、そう悲観することはないよ? 圧倒的な問題として重ねられているのは『レベル』の問題だ。レベルさえ積み重ねていれば何の問題はない。だが、君のレベルはたかが祈祷師一人分積み重ねられただけ。それでは僕のレベルには到底適わないよ。今、君がする選択はたった一つ。――降伏することだ。そして自らの手で死を選択することだよ」
「いわせておけば……」
でも、僕は立ち止まってなどいられない。
アルナを、ナユシーを、ミネアを、ミルシアを。
そして、他ならない僕自身のために。
根を断ち切る――!
走る、走る、走る――!
「そんなことをしても、無駄だってこと、解らないのかな」
不条理はつまらなそうな表情を浮かべているのだろう。実際には見えていないけれど、そんな表情が手に取るように解る。
見ていろ、不条理。
お前が一番不条理に思うことに、今遭遇させてやる。
そうして僕は、持っていた剣で――不条理が生み出した根を断ち切った。
「……ほう?」
不条理はそれでもなお僕を見つめるばかりだった。
いったいどうしてこうなっているのか、ということについては疑問を抱いていないようだった。
「どうして君がその根を断ち切ることが出来たのか、それははっきり言って理解し難いものを感じるけれど、それはただの偶然に過ぎない。君のレベルは、たとえその祈祷師の死の花を使ったとしても、それで底上げをしたとしても、たかが知れている。僕の言っている意味が解るかい? つまりだね……、僕には一生かけても敵わない、ってことだよ!」
「……ほざいていろ、不条理。お前が何を考えているか解らないが、現にこの根を断ち切れている。その意味が解るか?」
そして、僕はそのまま隙間を縫うように不条理目がけて走り出した。
なおも不条理は理解していないのか、守ることはせず根を使って攻撃するに至った。
しかし、その根はただの足場に過ぎない。不条理のもとへ移動するには大変有難い足場に過ぎなかった。
僕はその足場を使い、不条理の胸元に滑りこむ。
そして。
不条理の身体を――貫いた。
◇◇◇
あれから。
不条理の身体は貫いた後、笑みを浮かべてから少しして消えてしまった。
何か言葉を残すかと思ったが、その考えは幼い思考だったようだ。実際のところ、何か発言をするかと期待していたものだが、不条理という存在はそこまで予測して敢えて言葉を残さなかったのかもしれない。
僕はアルナの身体を抱き寄せて、泣いた。
ただひたすら、声を出すことはなかったけれど、彼女の死を悲しんだ。
泣くだけ泣いて、そのあと国王にすべてを報告した。
正直殺した犯人も死んでしまったことだから、僕が犯人として逆に疑われるのではないかと思っていたけれど、あっさり国王は僕が犯人ではないと信じてくれた。そして『不条理』なる存在もエレンが隠れ蓑になっていたということもすべて納得してくれた。
どうやらエレンの経歴を知っていた国王は何となくその可能性があることを考えていたらしい。だから、何が起きてもいいように僕と一緒にいるタイミングを狙ったのだという。
要するに祈祷師に何かあったときにお前が何とかしろよ、ということだった。
しかし、それは結局のところ実現出来なかったわけだけれど。
不条理との闘い、そして祈祷師会議はこれで終わりを告げた。
けれど、まだ僕にはやらないといけないことが残っている。
先ずはそれを終わらせない限り、僕も前には進めないだろう。




