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死の花が咲いた日  作者: 巫 夏希
一章 謁見
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第01話 経験値

 経験値。

 それは精神的な成長具合を示すパラメータのこと。

 一般的な考えはそうかもしれない。

 だが。

 この世界における経験値は肉体的パラメータの一面もある。

 刀身から赤い液体が滴り落ちる。その脇には、人が倒れていた。その人もまた赤い液体の海に沈んでいる。

 そしてそこから、赤い花が咲いていた。

 見るものを圧倒させる美しさ。しかしながらその花が咲くのは人の死に際だけ。花が咲くエネルギーは人間の『経験値』。

 経験値について、もう一度整理しよう。

 経験値は名前の通り、『経験』という不確かなパラメータを数値化したものだ。人を斬った経験、女を抱いた経験、勉強をした経験……経験は幾つもある。それをうまい具合に数値化したものが経験値という。

 そしてそれを糧にして死んだあとのエネルギーが爆発して咲く花が、目の前に咲いているそれだった。もっともらしい名前もあったように思えたけれど、結局みんなこう言っている。

 死の花。

 人々はその花をそう呼ぶ。そしてその花から経験値を摂取する方法は――。

 花を摘み、僕はそれを躊躇うことなく口に運んだ。

 血の味と、ほろ苦い味。それに生臭い香りが口の中に広がった。

 はっきり言ってこの花はおいしいものではない。

 もしかしたら経験値を得ることに対して人間の拒否反応が出ているのかもしれない。

 けれど、これを食べて、生き残っていかねばならない。


「……レベル2くらい上がったかな」


 僕はそう独りごちる。残念なことにレベルは自分自身で確認することはできない。教会に行って神託を聞く必要がある。教会に居る人間もまた祈祷によって神の意志を確認することが出来るのだが、その種類は祈祷師とは異なり、人間のレベルを確認することしか出来ない。

 神父様も神様に祈りを捧げている。それによって神様から情報を得ている。まったく、神様は代償も無くよく人間の言うことを聞いていられるものだと思う。それとも、祈りだけで神様は飯が食えるのだろうか。だとすれば随分エコな神様だとは思うが。

 花を食べたことにより、エネルギーを吸収する源が消滅する。それはエネルギーが枯渇した肉体がその姿を保てなくなるために起きる現象だった。花が残っているうちは肉体にも若干のエネルギーが保持されているために肉体が消滅することは無いのだが、花が消滅してしまっては話が別だ。エネルギーが供給されなくなってしまい(そもそも死んだ時点で人間の身体はエネルギーの循環がストップし、機能そのものが花に移行してしまう)、肉体はその状態を保持できなくなる。

 簡単に言っていることかもしれないが、これが人間の摂理だった。

 花を食べなくては、強くなることはできない。

 訓練で得られるものなど、所詮戦い方という知識に過ぎない。単純に肉体のレベルを上げるためには経験値を得る必要があり、そのためには人を殺さねばならない。

 もちろん、この世界にはモンスターという人ならざる者が生きている。そいつらを――モンスターを殺すことでも花は生える。だからそれを使えばいいのかもしれない。

 だが、人間の経験とモンスターの経験は必ずしも同じ換算ができるものではない。

 モンスターを殺して得られる経験値は人間のそれと比べて数倍も低い値を得ることができる。つまりモンスターを殺しても経験値は得られるのだが労力が何倍もかかってしまうということだ。

 はっきり言って、それは非効率だ。

 効率を上げるためにはどうしても人間を殺す必要がある。

 それがこの『階級』制度だった。

 人間があるピラミッド状にある階級を付与される制度のことだ。上から順に国王や大臣、祈祷師などの上流階級、次に騎士や兵士といった騎士階級、次に一般市民全体を指す一般階級、そして、最後は――。


「アルファス・ゴートファイド上級騎士、何をしている?」


 声が聞こえて、僕は思わず姿勢を正した。

 もしその声が自分の上司であるならば――姿勢を正し敬意を表す。たとえそれが、ほんとうに尊敬の念を持っていない人間であったとしても。

 踵を返し、声のほうを向くと案の定上司であるミリグラート騎士団長だった。

 ミリグラート騎士団長は貴族の生まれだ。すなわち階級でいうところの上流階級となる。

 そもそも僕たち上級騎士は階級でいうところの上流階級に所属することとなる。もちろんそこになるためには血のにじむほどの努力が必要であり、幾重にも存在する昇級試験に合格する必要がある。

 上級騎士の大半は上流階級なのでスタートがそもそも高い位置にある。だから試験を受ける回数も少ない。

 問題は僕のようにもともと一般市民だった人間の場合のこと。そもそも騎士に志願してそれが通れば騎士階級になることはできる。その中でもピラミッド――ヒエラルキーが存在して、その最下層に入ることになり、そこが僕たちのスタートラインになる。

 そこから先ずは騎士階級のトップ、中流騎士にならねばならない。兵士長を務めあげ、試験を重ね、騎士団長のお気に入りにならないと上級騎士の試験を受けることができない。

 そこまで登りつめるにはそう簡単なことではなかった。

 でも僕は成し遂げて、今はここにいる。


「……花を食べたのかね」


 騎士団長はマントを翻し、溜息を吐いた。

 嘘を吐いてもどうしようもないので、正直に答えた。


「指名手配犯でしたので。上級騎士法にのっとり、処罰いたしました」


 上級騎士法。

 それは長ったらしい法案の数々だが、簡単にまとめてしまえばたった一言で収まってしまう。

 上級騎士は下の階級の人間に対して、犯罪を行ったという立証が掴めれば殺して構わない。

 もっと簡単に言ってしまえば、上級騎士はその人間が犯罪を行ったと判明すれば殺しのライセンスを認めるというものだった。

 至ってシンプルであり、至ってクレイジーな法律といえる。

 だが、そうでもしないと上級騎士はレベルを上げることができない。

 さらに上を目指すことはできない。


「……これで血を拭うがいい」


 そう言って騎士団長はタオルを僕に投げ入れた。


「何かありましたか?」


 僕の言葉を聞いた騎士団長は溜息を吐いた。


「……どうもこうも無いだろう。今日は国王の謁見だ。祈祷師が思し召しをする日でもある。その思し召しをするところで、どうやらもう一つ発表があるらしい。そのためにお前を今から城へ連れて行かねばならない。言っている意味が分かるな?」

「え。それって……」

「『祈祷師会議』」


 簡単に、騎士団長はその名称だけを言った。


「名前だけは知っているだろう? 世界各地の国に散らばる祈祷師を集めて会議を行う。今回はこの国で行われる。そしてこの国で祈祷師を守るお付きの騎士が必要……というわけだ。まあ、そこでお前が呼び出されるということはほぼ確定だと思うが、そういうことだ」


 パン、と肩をたたく。痛い。

 血を拭ったタオルをどうすべきかと思いながらも、僕は剣を仕舞う。


「……それじゃ、今から」

「ああ。そうだ。城に向かうぞ、アルファス。身支度は問題ないな? ああ、それとタオルは回収しておこう。国王と祈祷師に謁見するのにそれは不要だ」


 手に持っていたタオルはあっという間に回収されてしまった。どこかのタイミングで捨てるのだろうか。別にまだ使えそうだったからこちらとしては何の問題もなかったのだが。

 それはそれとして。

 騎士団長と僕は、一路城へと向かうことになるのだった。



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