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死の花が咲いた日  作者: 巫 夏希
三章 会議
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第13話 調理場


 あれから。

 会議初日は滞りなく進んでいった。しかしながら、ミネアが亡くなってしまったことは少なくともほかの祈祷師に不安要素を与えていたようだった。

 日付が変わるタイミングで一枚の紙がアルナから提出された。それが何の意味を持つのか僕には解らなかったので、それをそのまま見つめていると、


「ああ、今日は結局何も出なかったってことになるのですね。……祈祷師同士の付き合いが軽薄なものであるとしても、さすがに目の前で同胞が死ねば精神的余裕も消えるものね」


 エレンがそう言ってその紙を見つめてきた。


「君はこれがどういうものなのか知っているのか?」

「ええ、もちろん。それは答紙(こたえかみ)というものです。答紙には祈祷師の思し召しが書かれています。書かれていない場合には進捗状況が……。もしかしたら思し召しがここまで進んでいるかもしれない、ということを知るための唯一の方法になりますね」


 ふうん、と僕は告げる。

 つまらなそうな表情を浮かべているのはエレンも同じだった。


「……それにしても、今回の答紙は厄介ではありますね。まさか何も記載されていないなんて」

「何も記載されていない?」


 エレンの言葉を聞いて、僕は首を傾げた。それはつまり、思し召しも進捗状況も、何もかも書かれていないということなのだろうか。

 エレンはわなわなと震えながら、答紙を僕に渡してくる。

 答紙には確かに何も書かれていなかった。というより、何かを書いたような形跡も見られなかった。


「慌てているようだが、これはどういうことなんだ?」


 僕の問いに、エレンは答えた。


「……簡単なこと。これはつまり、一度でも思し召しが出てこなかった、ということ。そしてこれがおきるタイミングというのは……滅多になかった、と言われていますね。普段は、少しでもここに成果が描かれるといわれていますから……」


 それはつまり、それ程あの出来事が彼女たちの中で色濃く残っているのだろう。

 僕はそう思った。

 エレンは溜息を吐いたのち、時計を見遣る。


「さて、そろそろ時間ですか。夕飯を作らねばなりませんね。手伝っていただけますか? 私だけだと人数が多くて捌ききれませんから。それに、特に何の制約も無かった昨日とは違って、今日以降の食事は色々と制約があります。それをクリアするためには、どうしても色々と手間がかかってしまうので」

「いいですよ。でも……彼女たちが食事をきちんと口にしてくれるでしょうか? だって、思し召しすら出なかった。なら、それ程の精神状態にあるのでは……」

「そうかもしれませんが、きちんと食べていただかないと、明日以降の会議に響きます。それに、食事も祈祷という儀式の一つに組み込まれていると言われています。ですから、そのためにも食事を抜くということは、儀式を軽視することに繋がります。ですから……」

「解った、解った。とにかく、食事を作るのを手伝えばいいんだよな」


 どうもエレンの話は長くなりやすい。それを漸く理解したので、上手く捌いていかないと時間を割いてしまうことになってしまう。

 僕はアルナを、祈祷師を守る上級騎士であるというのに、このままでは本末転倒だ。ただでさえ一人祈祷師が死んでしまって、彼女たちの精神は著しく不安定になっているというのに。


「それでは、手伝っていただきましょうか。キッチンはこちらです」


 そうして、僕とエレンは一路キッチンへと向かうのだった。



 ◇◇◇



 キッチンは先程僕たちがずっと居た部屋の左隣にある。とても広いキッチンだった。彼女曰く、使いこなすことは出来ても広いからアシスタントが居ないと上手く回らないのだという。成程、そのための僕――というわけか。アシスタント役に任命したわけだ。はっきり言って、上手いなあ。

 さて、僕は色々と手伝いをして(一応言及しておくと、ずっと一人暮らしをしていたから、一通り家事は出来る。だから手伝いをしたのは野菜や肉を切り分けたり、皿を出したり、その他諸々の雑務をしただけだ。主な調理をしたのはエレンということは間違いない)、それを漸く配膳出来る段階までになった。

 でも、祈祷の間に祈祷師以外の人間は入れないはずだった。ならば、どうすればいいのか。そう思っていたのだが――。


「この小窓から、配膳してください」


 そうエレンが指差したのは、壁にぽっかりと空いた小さい窓だった。扉もつけられていないその窓の向こうにはそのまま祈祷の間へと繋がっている。ちなみに祈祷の間へと繋がる扉も存在しており、それはあちら側から鍵が掛かっており、こちらからは鍵穴すら見つからない。


「この小窓……、ここだけしか祈祷の間に入ることは出来ないのか。もちろん、あの扉も含めれば二つになるが」

「そうなりますね」


 エレンの答えはどこか冷たかった。


「今日はここから監視を行うことは出来ないか? これ以上被害者を増やすわけにはいかない。僕たちの中に犯人が居る可能性もあるし、さらに言ってしまえば……、これは出来れば考えたくないわけだが、祈祷師の中に犯人が居る可能性だって十分に考えられる。それを考えると、ここから監視して祈祷の間だけでもブラックボックス化させておきたくない。そうは思わないか?」


 確か祈祷師は一日中この祈祷の間に居るはずだ。だからここをブラックボックスから外すことが出来れば――かなり大きい。


「それは……、どうでしょうね。私自身は賛成ですが、祈祷師側が何というかどうか」

「いいよ、アルファス」


 そのとき、小窓の向こうから声が聞こえた。

 その声はアルナだった。


「アルナ。いいのかい?」

「うん。さっきからエレンとアルファスの言葉が聞こえていたから……、つい立ち聞きしちゃった。ごめんね。あと、その提案は私たちも賛成。だって、私たちは祈祷を始めると、周りが見えなくなってしまうから……。それに、私たち祈祷師の中に、仮に犯人が居るとしたら、それは祈祷をしていないということでしょう? 今回の会議で祈祷をしていない祈祷師――それを見破ることが出来れば、最悪祈祷師の地位を剥奪されることになるのだろうね」


 祈祷師の地位、その剥奪。

 特例が相当許されるその地位を剥奪されることは、大変なことだろう。そして、今居る祈祷師はそれをしてほしくないはずだ。相当の曲者ばかりが許されているのは、祈祷師としての才能と、それを保証する地位から成り立っているのだから。


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