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死の花が咲いた日  作者: 巫 夏希
三章 会議
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第12話 一人目


 中に入ると、そこに広がっていたのは血の海だった。

 血の海の中心には、島が広がっていた。その島は人間の身体で構成されていた。身体から四肢が完全に分断されていて、手は祈りを捧げるように曲げられていた。そして足は丁寧にまとめられていた。

 そして、彼女の胸のあたりからは――血のように赤い花が咲いていた。

 見るからに無残な恰好で、ミネアの死体がそこに置かれていた。


「これは……」

「祈祷をしていたところ、彼女の身体が突如あの黒いモノに包まれてしまったのです。苦しむことなく、彼女はそれから吐き出されました。それが――」

「このような姿だった……ということですか。それにしても、『不条理』は祈祷の空間に侵入しないはずでは?」

「ええ。ですから、私たちも油断していました。はっきり言って、油断しきっていたと言ったほうが正しいかもしれませんが……」


 そういったのはミルシアだった。

 ミルシアは昨日のような何かを常に食べていたような、そんなのほほんとした様子は見られず、冷静に状況を分析しているようだった。


「しかし、あのお香は炊いていませんでした。というか、そういうルールなのですよ。実際、あのお香を炊くことで確かに不条理から逃れることはできます。ですが、今回の会議においてはそれが不要となるのです」

「不要になる……? しかし、命の危険を考慮すれば、そのようなことは……」

「それが昔から決まっていることですから、致し方無いことなのですよ」


 言ったのはアルナだった。

 アルナの言葉にほかの祈祷師も賛同するように頷いていた。

 しかし、忘れていないだろうか。僕と祈祷師たち――彼女たちとの間に、バラバラになってしまっている死体を挟んでいるということに。

 その瞬間はまさに、普通では無かった。そもそも普通をこの祈祷師たちに語ること自体が間違っているのかもしれない。


「……さて、それより、というのもおかしな話になりますが……、いかがなされるおつもりですか?」


 会話に割り込んできたのはエレンだった。

 エレンは何を考えているのだろうか。そんなことを思って、一先ず彼女の話を聞くこととした。


「このまま祈祷師会議は続けられるのでしょうか? 一応、一人亡くなってしまいましたが……。今回のことは、わが国で弔うのが当然ともいえるでしょう。この国で亡くなったのですから、この国で先ずは弔わなければ」

「弔う。ああ、そうですね。確かにそうですね。弔わねばなりません。同胞を、同じ祈祷師の仲間を弔う必要があるでしょう」


 アルナはわざとらしく、そう言った。

 まるで何かを隠しているような。

 それにしても、どうして不条理はミネア一人を狙ったのだろうか。


「不条理が祈祷師一人を狙ったことについて、疑問を抱いている様子ですね?」


 そう言ったのはミルシアだった。

 ミルシアの言葉を聞いて僕は頷く。すると彼女はすっくと立ちあがり、息を吸う。


「不条理がミネアを狙ったのは半ば仕方ないことかもしれません。彼女はあの香りを嫌っていましたから。……そもそも、あの香りがどのような香りなのか、あなたはご存知ですか?」

「ええ、確か祈祷の行為をするときに外敵を寄せ付けないように……」

「外敵、とは不条理のことですか?」

「そうなりますね。……敵を寄せ付けない以外にも精神を集中させる意味もありますね。それによって私たち祈祷師は祈祷がしやすくなるといわれています。ま、実際にしてみている私たちにとってはそんなことどうでもよかったりするのですが」

「どうでもいいんですか。なんか、どうでもよい風には見えないんですが……。まあ、取り敢えずミネアさんの遺体を引き取らせていただきます。しかし……どうやって会場から出すか。今、会場はたくさんの人間で囲まれているはず。唯一の出入り口だって例外じゃない。そこから祈祷師の遺体を担いで持って来たらあらぬ疑いをかけられるぞ……」

「私に考えがありますよ」


 そう言ったのはエレンだった。エレンはそうしてどこかから持ってきた布でミネアを包むと、祈祷師たちがいる部屋を後にした。


「お、おい! どこへ向かうんだ……!」


 そう言って、僕もその後を追った。



 ◇◇◇



 部屋を出ると、エレンはミネアの死体を地下へと続く階段に運んで行った。

 地下室なんてこの会場にあったのか。そんなことを思っていたが、それを無視するように彼女は奥へと進んでいく。

 奥にあったのは、棺だった。

 様々な色の棺がそこに安置されていた。棺には名前が彫られているものや、彫られていないものがあり、ミネアの死体は彫られていないものの一つに入れられた。


「……この部屋は、いったい」

「ここは弔いの部屋ですよ、上級騎士殿。あなたには解らないかもしれませんが、会議が開催されるごとに数多くの祈祷師やそれに仕える人間が亡くなったらしいのです。そしてこの会場はもともと墓場だった。……つまり、死ぬ可能性があるからこそ、ここを会場としている」


 言って、エレンはミネアの胸に咲いていた花を根元から刈り取った。

 そしてその花を僕に手渡す。


「……食べろ、と?」

「あたりまえでしょう。人間の最期には花が咲く。それは今までの経験値が蓄えられたもの。祈祷師も例外ではありません。そしてこの花は経験値の源から離れて一時間と持たず枯れてしまい、さらに吸収した経験値は数時間しか反映されない。悲しいものです。戦う機会が無いとも言えないこの状態で、一番戦える状態にあるあなたが経験値を吸収しないで何の意味があるというのですか。相手は祈祷師をいとも簡単にバラバラ死体に仕立て上げたのですよ」


 それは、そうかも……しれないが。

 僕は、その花を、簡単に受け取ることができなかった。

 いつもは自分で殺していたから、それを食べることができたからかもしれない。

 ただ、殺された人間の花を食べたことは――今まで数えた程度しか無かった。そしてそのたびに罪悪感に駆られてしまっていた。踏ん切りのつく前者よりも、そちらのほうが心にダメージがきていたのだった。


「さあ、食べるのです」


 再び、押し付けるエレン。

 僕にはもう、選択肢は無かった。

 そして、僕はミネアの死体に咲いていた花を受け取って、そのまま口に放り込んだ。



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