眠り姫と告白
「熱はないみたいだけど、本当にどうしたの? 体調不良?」
「そ、そんなんじゃないよ」
そんなんじゃないんだけど、姫に心配されるのが嬉しくて、ついついされるがまま家のソファまできてしまった。おでこに手をあててはかってくれる姫、優しい。でも照れ臭くて、体調も問題ないしで気まずくて、ついその手をはらってしまう。もったいない。
「じゃあ、なんでさっき、あんな泣きそうだったの?」
「泣いてないよ」
「泣きそうだった」
「……その、実は花粉症で」
「はい、嘘つかない。……私には、言えないこと?」
姫はソファに座る私の前にしゃがみこみ、下から私の顔を覗き込むように上目遣いで見上げ、そっと私の手をとる。
「さやちゃんは、私を助けてくれた。ううん。助けてくれてるの。今もずっと。だから、さやちゃんが困ってるなら、私も助けになりたいの」
「う、こ、困ってるとかじゃないよ」
そう言う言い方はずるい。問題が起こってるわけでもないのに、捏造しそうだ。でも本当に、悪いことなんて何もない。ただ私の心が狭くて、姫を独占したいとか考えてしまうだけだ。
「……でも、何か嫌なことがあった。違う?」
「ち……違わない、けど」
「なら、話して。話すだけでも。お願い。私を助けると思って」
そこまで言われて、口をつぐむことができるだろうか。まして、好きな人に言われて。だけどどう言えばいいのかわからなくて、とりあえず口を開くけど、うまい言葉が出てこない。
「……その、何て言うか、姫の笑顔を独り占めしてたから、何て言うか、みんなの人気者になるの、あんまり、いい気分じゃないなっていうか。ほんと、それだけ。子供っぽいことで、ごめんね」
姫が好きだ、なんてことはまだ言えない。状況から無理矢理になりたくないのもあるし、何よりこんなロマンも何もない状態では、とても告白なんて無理だ。
だからぼかしたんだけど、友情ゆえの嫉妬とするにはあまりに幼稚すぎる感情に、恥ずかしくなってしまう。姫に呆れられただろうか。
不安で目をそらして言ったけど、すぐに返事が来なくてちらっと姫の様子を伺う。
姫はぽかんと口を開けて、私を見ていた。え、な、何この顔。こんな顔でも可愛いのは驚きだけど、そうじゃなくて、え、やっぱり呆れてる、の?
「……」
「ひ、姫?」
「ふっ、ふ、ふふふっ! あはははは!」
声をかけると、氷が溶けるみたいにゆっくり表情を変えてから、姫は大きな声で笑い出した。その唐突な変化に、今度は私が呆気にとられてぽかんとしてから、徐々に理解して体が熱くなるのを自覚する。
姫に笑われた。呆れられたんだ。そう思うと恥ずかしくて、もっといい言い回しの思い付かない自分の頭の悪さに呆れるし、子供すぎる自分が何より恥ずかしくてたまらなくて、姫の手をふりほどいて両手で顔をおおう。
こんなことをしても意味はないのはわかってるのに、顔を隠さずにはいられない。
こんなことなら、言わなければよかった!
「う、うぅ」
「あははっ、ご、ごめん、ごめんっ」
「ひ、酷いよ。そりゃ、子供すぎるって、わかってるけど。そこまで笑わなくても」
笑いを収めて謝ってくる姫に抗議しつつ、両手を少し下げて目だけだして姫を見る。
「ごめんって。でも、子供だなって笑った訳じゃないよ。ただ、さやちゃんが可愛すぎるから」
「……」
それが、子供っぽいって思ったってことでしょ? うー、可愛いって言われるのは嬉しいけど、やっぱり嬉しくない。姫には子供よりも大人に見られたい。
手は下ろしたけど、唇を尖らして沈黙する私に、姫はほんとだよと言いながら、また私の手を握って、さらに力をこめる。
「あのね、さやちゃん。確かに学校に行ったら、今までみたいに、最悪無視するみたいな反応はしなくなるし、普通に笑ったりすることもあると思う。でも、さやちゃんだけは特別だから、それは許してほしいな」
「特別……?」
「うん、さやちゃんのおかげで、全部あるんだもん。さやちゃんは、私の神様みたいなものだよ」
「そっ……そんなのは、なんか、違うよ」
恩人として特別でも、全然意味はない。私は、もっと違う意味で、姫と特別に想いあいたいんだ。わかってる。それにはもっと時間がかかる。今まで寝ていたお姫様にとって、私なんて視界にはいってなかっただろう。
まだ友達に毛が生えたくらいで、恩人として特別なだけで、私のおかげで、私の個性で、私だから好かれてるわけじゃない。そんなのわかってる。
わかってるけど、でも、やっぱりそれが嫌だし、その気持ちはとめられない。まだ伝える気持ちはないし、もっと時間をかけるつもりだけど、でも、嘘はつけない。
「私は恩人じゃなくて、私だからの特別になりたいんであって、だから、そんなの、全然嬉しくないよ」
「……さやちゃん、もー、さやちゃん!」
「わっ!?」
好きだと伝えず、伝わらない程度に思いを口にすると、姫は突然立ち上がると私に抱きついてきた。パニクりつつもとりあえず姫の背中に手をまわす。
「な、なに!? 爆発した!?」
「いや、なんでそうなるの? もー、ほんとさやちゃんは、ワケわかんなくて可愛い」
その発言の方がワケわかんないです!
「聞いて、さやちゃん」
混乱する私の耳元で、姫がぼそりと囁くように言う。耳にかかった吐息だけで震えそうだったけど、お願いされたら聞かない訳にはいかない。私は姫のぬくもりや吐息に膝を擦り合わせてもじもじしつつも、何とか頷く。
「あのね、さやちゃんは、恩人だけど、そうじゃなくても特別だよ。前からずっと、特別だったし、特別じゃなきゃ、そもそも恩人にもならないよ。私が、誰とでも添い寝する女だと思ってるの?」
それって酷くない? と冗談混じりに言う姫だけど、いやそんな、常に前後不覚な状態で、気づいたら寝てて、それで私が恩人なわけでしょ? そんなの選択のしようがないじゃん。
「信じられない? 確かにずっと眠くてふらふらで、そのなかで、さやちゃんだけは特別だったって、信じてくれない?」
「……し、信じられ、ない」
か細い声で言う姫に、信じるよって言いたくなる。だけど、姫に嘘はつけない。
だって私なんて、そんな曖昧な状態で気づいてもらえるほど、特別なことはしてこなかった。普通に姫に一方的に話しかけてただけだ。普通にして好かれると思うほど、私には特別なことはない。
そうだよ、よく考えたら、どうして私が姫ほどの人に好かれるって考えたんだろう。脈ありかもとか、図々しいことこの上ない。しかも、しかもだ。言い訳しながら夜な夜なあんなことをしちゃうような、ド変態だ。仮に万が一好意を持ってくれてたとしても、知られたら嫌われるに決まってる。
どんどん冷静になって、どんどん気持ちが落ち込んでくる。何を呑気にもじもししてたんだ、私は。最低だ。
「……そこは普通、信じてくれるところじゃない?」
「う、だ、だって……私なんて」
「もう。もっとじっくり行くつもりだったのに。あのね、もう、仕方ないなぁ」
抱き締めるのをやめて、呆れたような顔をした姫は、うじうじする私に、頭を掻いてはぁとため息をついた。
うう、何だかわからないけど、呆れられた。
情けなくて下を向いて、姫から目をそらす私に、姫は私の隣にぴったりくっつくように座ってきた。
「狭山透さん」
フルネームで名前を呼ばれて、何を言われるんだろうとびくびくしながら、距離が近すぎるのもあってドキドキしながら、何とか顔をあげて右隣の姫を見る。
その顔は穏やかに微笑んでいて、綺麗すぎて、まるで本当に天使みたいで、やっぱり好きだし恋人になりたいとか思ったりして
「私は、あなたが好きです」
「……………………へ?」
突然言われた言葉が、頭にはいってこない。
「私の恋人になってください。永遠に特別にしてください」
「……な、何、言ってるの?」
ほんのり顔をあからめて、極上に可愛すぎる顔で、可憐すぎる声で、いったい何を言ってるのか。これは夢? あまりにも都合がよすぎて目眩がする。
「理解できない?」
「で、できないよ」
「いや、理解はできてよ。日本語だよ?」
「そ、そう言うのんじゃなくて。だって…………本当に? 恩人だからとか、これから私がいないと寝れないからとか、そう言うんじゃなくて」
「私に毎日話しかけてくれてた時から、さやちゃんは特別だった。そう言っても信じられない?」
「……本当に?」
「こんなことで嘘はつかないよ」
真面目な顔で、姫は断言した。その言葉の力強さに、目の輝きに、嘘ではないんだ。本当に、私と同じように、お互い特別だと感じてるんだ。両想いなんだ。
そう思うと全身が熱くて飛び上がりそうなほど嬉しくて、同時に申し訳なくて仕方ない。そんな、思ってくれてたのに、私は夜にこそこそと……。
「…………で、でも、私のことあんまり知らないでしょ? その、私なんて、姫が病気で添い寝してるのに、その、ちょっと悪戯したり、するような、そんな人間なの、だから」
後から知られて軽蔑されたくなくて、て言うか姫の好きが信じきれなくて、後から本当の私を知って裏切られるくらいならもうフラれたくて、私はそんな風に駄目人間アピールをしていた。
だと言うのに、そんなちょっとあり得ない告白、って言うかもはや自白をする私に、姫は何故か微笑んだ。
「知ってるよ」
「…………えっ!?」