眠り姫と友達
「さやちゃん、買い物行かない?」
「んー、ちょっと待ってー。このテレビ終わってから」
「ん。じゃあ待つ」
姫は時間がたつほど明るくて積極的な子になってる気がする。今だって、最初は私から声かけしないと誘ってくれなかったし、何も言わなくてもぴたっと体がくっつくくらい近くに座ってくれた。
「……」
「……」
正直、夜はもうくっつきまくりてまあれだけしといてって思うけど、明るいとこで姫からくっつかれると、それだけでドキドキする。テレビが頭に入ってこなくて、隣の体温を意識してしまう。
うー、いっそ抱きつきたい。触れるか触れないかの微妙な感じが落ち着かない。でも嫌がられないかな? うざがられないかな?
「……? さやちゃん?」
「へっ、な、なに?」
「いや、もうドラマ終わったけど、動かないから」
このあとの番組も見たいの? と聞かれてはっと意識をもどすと、確かにすでにさっきみてたドラマは終わって、次の番組のオープニングが始まっていた。
ぐ。気になってたやつだから、再放送楽しみにしてたやつなのに! 肝心なところ見逃した! く、姫めぇ!
「姫の馬鹿ぁ。オチわかんなかったじゃんかぁ」
「ええ? 一緒に見てたよね?」
「そんな近くに来られ、た、たら、集中できないよ」
ドキドキしてキスしたくなるじゃん、と言いかけて慌てて軌道修正する。危ない危ない。もっと落ち着くまで告白は我慢だって。
「えー? じゃあ、近づかないほうがいい?」
「むしろもっと近づいて」
あ、本音でた。
思わず口を押さえるけど、時すでにお寿司。姫はきょとんとしてから、にまーとちょっと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なーに? さやちゃん、私にどうしてほしいって? もっとちゃんと言ってみてよ?」
ぐぅー! 可愛い! 姫可愛い! 小悪魔可愛い! でも言えるわけないよね? 告白以前に恥ずかしすぎるし。私はもっとクールでスタイリッシュなカッコいい系だと姫に思われたいのだから。
「何でもない」
「あ、拗ねた」
「す、拗ねてないっ」
クールに否定しただけなのに!
否定する私に、姫はもーと笑いながらすっと抱きついてきた。って、ええ!?
「もー、さやちゃんは可愛いね」
「ひ、姫の方が可愛いし」
うわー、明るいとこで至近距離で見ると、姫より可愛すぎ。キラキラしすぎ! もうこれ、完全に天使! 姫天使!
「さやちゃん……ふっ」
「ひぅっ! にゃ、にゃに!?」
可愛すぎる姫と正面から見つめあうのは何だか照れ臭くて、顔をそらすとすかさず耳に息を吹き掛けられて、慌てて耳を押さえて姫を見ると、にやーと悪い顔をしていた。
「にゃに、だって。さやちゃん猫みたい。かーわいい」
「ひっ、姫は天使だよ!」
姫の可愛すぎる様に動揺した私は、隠そうとして反射的にそう言い返す。なのに私の反撃に姫はきょとんとして、
「だったらさやちゃんは、神様かな? なんてね」
と私をさらに強く抱き締めてきた。
うわーー! もう姫アクティブになりすぎ! そんな姫も好きだー!!
○
「おーい! サヤスケ、と、姫!? え!? 二人一緒とかどうしたの!?」
ぐわ。見つかった!
スーパーへ行く途中、友達から知り合いにランクダウンしたい青葉恵都、通称アオスケに遭遇した。
別に隠れていたわけではないけど、姫とのらぶらぶ生活に水をさされたくないし、説明面倒だから、引っ越し終わったなら家に遊びに来たいと言われても却下してきたのに。
「うるさいなぁ。それよりなんでアオスケがこんなとこにいるの? 家遠いでしょ」
「遠いってほどではないけど。てか、突撃隣の晩ごはんに決まってるじゃん」
アオスケの家はここから学校挟んで反対側の、前の私の家の近所だ。ここが学校から一駅の近さとは言え、散歩でくることはない。
案の定、私と姫の愛の巣を目掛けてきたらしい。姫の隣だとわかる前から住所教えてたのが仇となったか。近いからどんどん遊びに来なよーとか言ってた私の馬鹿! 姫の家に私以外をいれるなんてとんでもない!
「晩ごはんの時間じゃないし、却下だし帰れ」
「いや、て言うかそれより、その姫なんなの。説明しろよ」
「姫のこと気安く姫姫言わないでよ」
「あんたほど気安くないわ」
「私はいいの!」
確かに姫は、居眠りばかりする姿から眠り姫と呼ばれ、ひいては『姫』と密かに呼ばれてるし、私とアオスケの間でも姫で話題にしてたけど! でももう駄目! 私の呼び名だから!
「さやちゃん、紹介して?」
「うー、姫が言うなら」
「え、て言うか紹介って。私も去年から一年同じクラスだったんですけど? ちょくちょく挨拶くらいしてましたけど?」
うるさいなぁ。姫がアオスケのこと覚えてるわけないじゃん。てか、まじでどうしよ。説明するにも、姫のプライベートなことは話せないし、適当に誤魔化すか。
「姫、これはアオスケ。中学からの友達で馬鹿だけど、まあ悪いやつではないよ。アオスケに姫の説明はいらないよね?」
「あんたに言われたくないわ。このスーパー馬鹿。経緯を説明しろ。あそこのバーガー屋でいいよね? ほら、二人とも行くよ」
強引すぎる。空気読んで引けよ。ずんずん歩き出すアオスケに、姫にごめんねと謝るとにこっと笑って、前のアオスケに聞こえないようそっと私の耳に口を寄せる。
「いいよ。さやちゃんの友達なら、仲良くしたいもん」
耳元で囁かれるの気持ちイー! とかやってる場合じゃない。信頼してくれるのは嬉しいけど、アオスケなんかと仲良くしなくてもいいのに。て言うか、私とだけ仲良くしてくれればいいのに。
仕方ないから店に入って飲み物を注文し、ガラガラの店内の奥に席を確保する。
「んで? どしたの? サヤスケが姫大好きなのは知ってるけど、姫と外で会うとか、友達みたいじゃん」
「えっと、アオスケさん」
「あ、うん、えっと。さんはいらない。アオスケでいいよ。友達はそう呼ぶし、代わりに私も姫って呼ぶね。あとついでに言うと、本名は青葉恵都だから」
馴れ馴れしいアオスケに、だけど姫はふふふ、と可愛らしく笑う。くそっ、アオスケに姫の笑顔見られた! 私だけのだったのに。
「わかった。アオスケね。ふふ、可愛い渾名ね」
「……何か、人変わりすぎじゃない?」
「うん。説明するね」
そして姫が天使のごとき声で、アオスケごときに説明をしてあげた。それを聞いたアオスケは、ちょっと見たことのない真面目な顔になって、そう、と笑えるくらい重々しく頷く。
「大変だったのね。ならもう、いくらでもサヤスケのこと使ってあげて。あなたのことちょっと誤解してたみたい。今までごめんね」
「気にしないでよ。さやちゃんのおかげで今がいいから、いいのよ」
「よしきた! 改めて、これからよろしくね。春休みあけたら一緒のクラスになれたらいいね」
「そうだね。なれたらいいね」
姫はにっこりと微笑んでアオスケに応える。面白くないなぁ。
アオスケはおそれ多くも姫に笑いかけられたと言うのに、何だか頬をひきつらせたような不細工な顔になって、それにしてもと口を開いた。
「ぜんっぜん、雰囲気違うよね。なんかちょっと、変な感じ。でもこれが素なんだよね?」
「そうだよ。素というか、起きてるから」
「はー……うん、ちょっと慣れないけど、きっとすぐみんな慣れるよ。そしたらみんな姫のこと好きになりそうだね。元々美人だけど、笑うとすごい可愛いし」
「ありがとう、アオスケも可愛いよ」
「あははー……ありがと、でも虚しいから二度と言わないでね」
「え? えっと、ごめんなさい?」
おいアオスケ、何を姫にこなかけてんの。なんてツッコミがでないほど、私はショックを受けていた。何にって、アオスケの発言に。
そりゃそうだよ。元々姫は頭よくて美人で、今まではあまりのスルーにみんなひいてただけだ。それがこんなになったら、誰だって姫を好きになる。
春休みが終わったら、姫の笑顔をみんなが見るんだ。姫を好きなのも私だけじゃなくなって、姫の笑顔は私だけのものじゃなくなるんだ。
そんな、そう、なったら、どうなる? 私じゃなくったって、添い寝したいって人はいくらでもいる。私は特別じゃなくなるんだ。そんなの、あんまりだ。
「サヤスケ、あんたさっきから嫌に静か……何、泣いてる?」
「泣いてないよ……」
泣きそうなくらい落ち込んでるけど。
アオスケの指摘に、ようやく私を見てくれた姫は、私を見るなり慌てて私の肩を掴んで顔を覗きこんでくる。
「さやちゃん!? え、どうしたの? 具合悪いの?」
「違う。大丈夫」
「大丈夫じゃないよ。ごめん、アオスケ。さやちゃん連れて帰るね。あ、あと、話したことは内緒にしてね?」
「おー、わかった。サヤスケ頼むね」
「うん」
私の肩を抱いて、姫は家へと歩き出した。大丈夫なのに。買い物いかなきゃ。そう思うのに、姫の温かさやいい匂いに拒めなくて、でもそれも他の人がこれから味わうんだと思うと悲しくて力がはいらない。
結局私は、姫に連れられるまま家へ帰った。