眠り姫と同棲
どうしてこうなった、と言う言葉が頭の中で意味もなくぐるぐる回ってる。本当に、何故。
「お、おーい? ほんとに、寝ちゃったの?」
私は今、学校で知らない人はいないくらいの天才美少女に抱き枕にされている。隣を見ると麗しい顔が近いし、ふわふわの癖毛が頬にあたってる。なんかいい匂いまでする。
「……」
声をかけて、かるく左腕をゆらしてみるけど、天使のように可愛い姫路菜乃葉は返事をせずに規則正しく呼吸と共にまつげを揺らす。
ぐううっ、可愛すぎる! 可愛すぎるけども! どうしてこうなった! ほんとにどうしてこうなった!
元々私と姫(脳内だけで呼んでるあだ名)はクラスメートで、話すくらいはするけどそんな家にお泊まりしたりする関係ではなかった。昨日までは。
突然だけどこの春から一人暮らしすることになった私は、春休みを利用して三人住みのマンションから近くのワンルームに引っ越した。引っ越し理由のあれやこれやはどうでもいいから置いといて、とにかく引っ越して、荷物片付けて夕方、お隣に挨拶したらなんと姫だった。
めちゃくちゃテンションあがって、どうせ明日も休みだしそのままあがりこんで晩ごはん食べて、ちょっといい気分になるジュースを飲んだら気づいたら姫に抱きつかれた状態で朝を迎えていた。
まあここまではほら、服も着てるし、起きてすぐ離れたし、ちょっとした若気のいたりですむ話なんだけど、ここからが変わってた。なんと姫、不眠症で悩んでいたらしくて、わたしと一緒で久しぶりに熟睡できたと言うことで、これからも添い寝してほしいとお願いされた。
驚いて返事が返せない私に、よほど切羽詰まってるらしく、畳み掛けるようにご飯もつくってあげるし、洗濯物も回して乾かすまでする、と料理できないからこれからコンビニ三昧だわーと昨日話した内容から的確に弱点をついてきた。
それだけでもすごいありがたいし、ぶっちゃけると前から姫とはもっともっと仲良くなりたかったし、オーケーした。寂しい一人暮らしを飛ばしてルームシェアと思えばいい。
と軽くオーケーして、お喋りしながら買い物したり片付けを手伝ってもらったりして、さあ夜になって寝ようか。
姫のベッド大きいし、一緒に寝始めてすぐ、姫は不眠症って嘘でしょってくらい速攻寝始めて、それどころか私に抱きついてきた。←今ここ。
いや、いやいや。うんまあ、同じベッドで寝るのもあれかな、とは思ってたけども。でもまじで姫のベッドでかくて、普通にシングル2つくらいあるし、離れて寝たら十分だし、掛け布団は別だしいいかなと思った。
思ったけども、なにこれ。抱きつかれるのは聞いてない。いい匂いするし柔らかいしドキドキする。
「ひ、姫ぇ……」
名前を呼ぶけど姫は応えない。私の腕を胸に抱くようにして、慎ましやかなその柔らかさごしに、どくんどくんと鼓動を伝えてくる。
その平坦な鼓動に反して、どんどん私の鼓動は早くなる。朝は一瞬でよくわからなかったけど、近くで見るとますます可愛くて、睫毛も長くて、体温はやや高くて柔らかくてふにゃふにゃしてて、子供みたいに無邪気だ。全体的に色っぽくて、かすかに震える唇なんて触れたくて触れたくて私が震える。
そっと、自由な右手で姫の左肩をつか、もうとして、指先にあたった柔らかさにびくっとしてしまう。左腕はずっと触れてるけど、触れすぎてドキドキしすぎて何だか麻痺してきた。だから平気かなと思ったけど、何故か右手はかつてないほど鋭敏で、姫の体を熱いとすら感じる。
「お、起きてよぅ」
起こすためだ、と言い訳してそっと、もう一度触れる。ふにゃ、と型崩れするかと錯覚するほど柔らかいすぐしたに、確かな強さがあって、人の体だとどこかほっとさせられる。
ゆっくりと力をいれて、肩をつかみ、軽くゆするが、やっぱり反応はない。それどころか元々近すぎるくらいの姫の顔がさらに近くなって、手をとめる。
「ひ、姫……」
鼻先が触れあうほどの距離だ。息づかいが生々しいほど感じられて、自分の息が荒くなるのを自覚する。
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「はぁ……」
姫がかわいすぎて何だか訳がわからなくなって、私は半ばぼんやりしながら、息をはいてゆっくり頭を前にする。当然姫との距離はなくなり、左目のすぐ下あたりが姫の瞼の横に触れた。
睫毛同士が絡まりそうで、瞬きをすると姫に自分の睫毛が触れるし、姫の息づかいと共にゆっくりと触れてる睫毛が動いて存在を主張してくる。
もっと、もっともっと姫を感じたい!
もはや馬鹿になりそうなほど体から溢れる欲求に逆うことができず、私は顎を少しだけあげてより顔同士を密着させる。まるで子供が無邪気に頬擦りするみたいに。だけど姫の頬に唇が触れている現実に私は子供ではない感情が溢れてきて息がより荒くなる。
姫が悪い。こんなに可愛くて、こんなに綺麗で、こんなにいい匂いがして、こんなにエロい体で、私に抱きついてきて、抵抗もしないんだから。
だいたいよく居眠りしてるくせに勉強はできて無愛想で誰が話しかけても基本無視か適当な相槌だけで、先生からも敬遠されるしみんな遠慮して誰も話しかけない姫に、無理やり毎日話しかけて冷たい反応にもめげずに話しかけ続けてついに名前を覚えさせて、昨日だって無理やり押し掛けて一人ベラベラ話続ける私なんて、誰がどう考えたって姫が大好きだからに決まってるじゃん!
私の気持ちがわかった上で添い寝はまあ病気だから仕方ないとしても、まして抱きついてくるなんて、私がちょっと暴走するくらい想定してるに違いない!
そう勝手に結論付けた私は、思いきって右手を姫の背中にまで回して抱きしめ、右足もひっかけるみたいにして姫に被い覆いかぶらせる。自然と全身が密着する。
姫の体がもぞもぞ動いて一瞬びくっとしたけど、私の首もとに頭を押し付けるような形で止まって、またすやすや寝始めたからセーフ。
て言うかそのおかげで姫の髪に顔を埋める形になってますますいい匂いがする。今日は二人とも同じシャンプーなはずなのに。
「あー、好きぃー」
姫の体を全力で抱きしめて僅かにゆらすと、体が擦れ会うだけで何だかちょっと気持ちよくて、寝てる姫にこんな勝手なことをしてると思うと今さらながら余計ドキドキして、むらむらして、しばらくそのまましているとすぐに全身が幸せに震えた。
「はぁぁ……姫……愛してる」
気持ちよくてドキドキは収まらないままじっとそのままの体勢で、今だけの幸せを噛み締めていると、段々と眠くなっていって、そろそろ姫を離さなきゃと思うのに、温もりを感じたまま眠ってしまった。
○
「……おはよう」
眠ってしまった、じゃねーよ! 馬鹿か私は!
「おおおおはようございますー! ごめいったー!」
朝起きると姫を抱きしめたままでばっちり姫と見つめあってて、大慌てで姫を離して後ずさって謝りながらベッドから転がり落ちた。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。その、ごめんなさい」
「何が?」
「え? えと、抱きしめてたので、その」
て言うか昨日は姫の色気にめちゃくちゃ暴走して、姫を使って自分を慰めてました、ごめんね。とか言えるか! うわぁぁ、何してんだ私! 最低だー!
「いいよ」
「えっ……」
自己嫌悪で土下座せんばかりに謝る私に、天使は軽やかな声で慈悲深いことを言う。顔をあげると、寝顔の色気は減ってかわりに神々しいほどの可愛さ満天の笑顔!
無理やり知り合いレベルになるまで話しかけた私でも、今までかすかに微笑むくらいだったのに! 笑顔!
「? 狭山さん?」
はっ! あまりに可愛すぎて固まってた。ああ、姫やっぱ好きだぁ。
「な、なんでもないです!」
「そう。とにかく、謝ることないよ。むしろ、私からお礼を言うよ」
「へっ? な、何故?」
「何故って……昨日説明したよね? ずっと不眠症でろくに眠れてなかったって。学校でもいつも寝てたし、狭山さんが話しかけてくれてもいつも眠気だけはあって、無愛想だったでしょ?」
ひ、姫、めっちゃくちゃはきはき話してる! やべぇ。やっぱり姫は声も可愛いよぅ。
「昨日今日って久しぶりにぐっすり寝れて、本当に頭がすっきりしたの。ありがとう。狭山さんのおかげで、これからまともな生活を送れそう。本当にありがとう。これからも、よろしくね?」
「こちらこそ!」
なんかよくわからないけど、とりあえず許されたしこれから姫と同棲同衾生活が続いていってゆくゆくは幸せな家庭を築くってことだよね!? ひゃっはー!
と、こんな感じで私たちの新たな生活が始まった。