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金のマニュキュア

作者: rico

ながあく伸ばした爪に丁寧にやすりをかけているときが一番幸せ。とりあえずベースを塗ってから、今度はどんなネイルにしようかなって考えるのがその次に幸せ。あたしの幸せったら、なんてお手軽!

 トモダチが男や女にうつつを抜かす。とりあえず不愉快ってほどでもないけど、まあついてけない。あたしってヒトより恋愛感情の持ち合わせ?とりあえず少ないし。みんなみたく派手にぱーって使っちゃうのはもったいないなと常々思うさ。

 あたしの爪はね、その美しさを愛でる男のためにのびるのではなくて、純粋に、至高の美しさに向かいその上昇するベクトルの上にのっとってのびていくんだ。不純な動機を持つ輩など、なんぴとたりとて寄せつけたりはすまいて。うむ、じつに…美、ここに極まれり、とくらあ。なんてな。

 たまーに、そんなこと口ばしるからダメなんだ。口に出してゆっちゃって、あ、ヤベなどと思うことしばしばどころのハナシじゃねー!ナルシーはいってるう~なんていわれた日には脱力するよ?そこはそれ、微妙なところ。

 あたしはね、ナルシーなんじゃなくて、ただ唯美主義者なだけ。わかってないヒトタチは、それもこれも一緒くたと、同義に見なして一蹴する。ホント、わっかんねーヒトタチ!つか、両者の違いはじつに明確?そう思うのってマジあたしだけ?

 美を語る言葉すら持ち合わせずに美を望むことなかれ。

 あたしはだれかれかまわずそういうよ。いいかげんみてくれだけの人間には辟易する今日このごろ。どんなに外側を磨いたって、ココロを磨くことを忘れる人種とはあまりお付き合いしたくないなあってのは事実。ココロを磨けよと、あたしはつねに声を張り上げて皆に呼びかけて回りたいよね。

 外側を磨くこともまあ大事。だけどさ、本来両方磨いてこそ真の美を追求できるってもんじゃねー?ついでといってはなんだけど、やっぱり知識に磨きをかけてなきゃそれはやはりかたておちだよ。

 残念ながら、往々にして美しい外見を持つ物は、ココロと知識の磨き具合がいかにもお粗末だってことにまず間違いはないね。美しくありたい…と思わないではないのだけれどもだがしかし、ときとして知性そのものの美を追求したくて仕方がなくなる。だからあたしはアルテミスとアフロディテならアルテミスを選ぶし、ヘルメスとヘラクレス…これまたヘルメス・トリツメギストスに勝るものなし。

 ただ美しいというだけでも恋愛はできるし、アタマ悪くても恋愛はできる。あたしのまわりのヒトタチは、自分を磨くことには余り注意を払わずに、とりあえず手近な異性に注意を払う。それでいて、自分たち的には満足のいく生活となっているんだから不思議なハナシ。

 その辺あたし的にはわっかんねー?つか、みんな分かってねーとか思うし。だって、恋愛とかよりもずっとずっと愉しいことがいくらでもその辺に転がってんだよ?

 たとえばギリシャ哲学。アリストテレスやソクラテスなんていいよねえ。森の中を歩きながら哲学を語る逍遥学派のヒトタチ。歩いているうちにエピクロスの園にもたどりつくよ。アタラクシアやよし、アパテイアもまたよし。

 最近エーコもいいなと思うよ。ゴシックの回廊に張り巡らされた記号のラビリンスをうろうろすんのがやっぱ愉しい。ユング、フロイトは必修だね。これらの世界をより深く楽しめるツールだよ、彼らの学説は。

 ふらりと横道に入ってみる。そして澁澤のあのドロドロ感をこの上なく楽しんでみたりもする。足穂のメルヒェンな技法にもなんだか目を瞑って浸りたいしね。目先を変えて世紀末のシブヤ。あのごたごたのなかに陰の気、負のエネルギーを見出してひとり悦ってみたりも、これまたなかなか…。

 インドネシア、赤道直下のざわめく街。密林のさやけさ。蛇とラグーン。古代神話とアニミズム。聖俗表裏一体化。ぐるっと捩れてメビウスの輪になって、すべてあたしのレトルトで輝く黄金の一滴。


 こんなステキ世界があること、あたしに教えてくれたヒトがいたよ。あたしはそんな世界を知って、とっても嬉しくて、そのヒトに感謝した。そのヒトが教えてくれることすべてを貪欲に吸収しようと必死だったよ。あたしはなにかに一生懸命になったコトなんて、あのときをおいてほかにない。

 暗い森の中、ひとすじの光明をたよりにひとりとぼとぼ歩く心地で。なにしろあのヒトがかかげる灯火はたよりなく、ややもすると見失うくらいあえかな光でしかなかったからなあ。そりゃ不安にもなるよ。

 でも、この道は尊敬するあのヒトが一度は通った道。ひとあしごとに踏みしめる大地の感触は、確かにあのヒトも味わっただろう感覚のハズだ。てことは、タイムラグに目を瞑れば、あたしとあのヒトは同一の感覚を共有したと、そういえるハズ。

 なんとなくドリーミーなこころもちで、あたしは目を閉じて暗い森の中をふらふらと逍遥したよ。目を閉じたらタイムラグなど無視してあのヒトと一緒にこの森を歩いているかのような錯覚におちいる。できうることならば、このまま永遠に目を閉じ続けて、向こう側の世界をあのヒトと共に歩きつづけたいなどと願いもしたさ。

 でもそんな勇気はなかったし、そんな才能もなかったなあ。

「キミのその、飽くなき渇望が吉と出るか凶とでるかまでは私にも解りはしないのだけれどもね…」

 彼はとりとめもなくそう語った。いつも彼のハナシはとりとめがなく、どんなに注意深く掬ってもさらさらと零れ落ちてゆくこまかい砂のように、あたしのアタマをさらさらとすりぬけていったよ。

「まあ私もいささか年老いたよ。キミのような未知の存在が世に出るならば、それも良いと思う。キミが私をそのための踏み台にするというのなら、私はよろこんでこの老いたカラダを差し出すだろう。私の細胞のひとつひとつを極限まで搾り取っていくがいい。

「キミと出会ってから今に至るまで、わずか半年しかたってないなんてまるでウソみたいな気がするね。時の流れが異質過ぎて、私はあれから十も年をとったような気がするよ。きっとキミに生気を奪われたに違いない、なーんて思うこともしばしば。キミは若さの持つ残酷性をいまだよくは知らないハズ。キミは他者からの奉仕をあたかも当然の如く受け取り、その裏で払われた儀性についてはまったく無関心だ。

「キミは傲慢で尊大で、そして野心家だ。無論キミは自覚できないハズだよ。物事はそのようにできてるからね。それにまわりの人間もキミのその性質には気付くことはないだろう。キミの場合は特殊だからね。

「だけどね、誰がどう言おうがキミは、もとめるものは必ず手に入れんと欲する人間だよ。ただし、リアルではなくバーチャルでという点がキミの特異なところだ。だからこそ誰も気づかない。キミの野心にね。

「キミは現実世界でなにかを手にいれることにたいして執着を持ってはいない。重要なのは、現実世界ではなく精神世界なのだから。キミの構築した精神世界に、キミの欲する物を持ち込んだ時点でキミの欲求は満たされる。そもそもキミの欲する物は現実世界のモノではない。

「そうゆう特殊なケースだからこそ、ヒトは誰もキミの欲求を野心と解釈することはない。逆にね、ヒトから見ればキミの欲求はささやかでつましいゆめに過ぎないんだよ。せめてゆめのなかで欲しいモノを手に入れたいなんてかわいらしい願いは、ときとしてヒトを油断させ、正常な判断力を奪ってしまう。ゆめのなかでのできごとが現実の代替物でしかない故に軽んぜられるのは、じっさいにゆめのなかで望んだモノを手にいれることがどんなにむつかしいかを知るモノが少ないためなんだよ。

「じっさいには自分の望み通りのゆめをみて、ゆめのなかで自分の欲するモノを手に入れるなんてある意味神技に等しいね。たとえ寝る前にどんなに強く願ったとしても、ゆめは決して意のままになりはしない。だからね、ゆめを、ひいては自分の無意識を自在に操りたいと願うことは、ホントは神さえもこれを捨ておかじと思うほどに大それた望みなんだよ。なにしろ神技なんだからね。

「だからね、たぶん神はキミみたいな人間が横行することを恐れて人間に恋愛という感情を与えたのではないかな?キミの求める深淵にして遠大なモノの代替物として異性を当てがったのではないかな?だから老婆心ながらキミに言っとくけど。キミも恋して生きていく方が平和な生活を送れるんじゃないかなあ?すくなくとも神を相手取っての無謀な戦いに挑むよりかはね」

 彼はあたしに恋愛をすすめ、そうして自分は神との戦いに破れて消えていった。


 だけどあたしはいまだ恋を知らず。ヒマなときは神と戦って、ひといきついては長くのばした爪にマニュキュアを塗って暮している。今日は金のマニュキュアにしようかなあ?

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