記念日だと、彼女は言う
短針があと何周かしたら、年を取る。
ただそれだけのことなのに、彼女は嬉しそうに笑う。
いつものとはまた違う、その顔は僕を困惑させる。
どうしてそんなに笑うの?と聞けば、「大事な日じゃない」と言う。
まったくもって理解ができない。
確かに明日は僕の誕生日だ。
しかし、別に明日生まれなおすわけじゃない。
きっと明日以降の僕は変わらない。
今までの僕と一切変わらないはずだ。
それでも、ケーキやらごちそうやらを用意している彼女。
プレゼントなんてもらう年じゃあないよ、とこぼしても意味はなかった。
カチカチ、針は進む。
僕らが今か今かと待つその時間まで。
余りにも楽しみなのか、じっとしていられないらしい。
用もないのにキッチンとリビングを行き来して、躓いている恋人が何度も見られた。
同じ年なのに、と笑うとふくれっ面をしてこちらへ寄ってきた。
ボスン、と勢いよく音を立てて僕の隣に座る。
柔らかめのソファなので、多分痛くはなかっただろう。
僕をからかう時は必ずさっきの座り方をしているから。
カチ、と音がするのに合わせて呼吸音がする。
僕のか彼女のか。
いや、僕じゃないな。
合わせてしまったら負けてしまったような気分になるからしない。
じゃぁ、彼女か。
そう思って横を見ると、
「・・・・・・(すー)」
爆睡していた。
あんなに待っていたのに。
僕も寝てしまおうか。
しかし彼女をこのままにしておくわけにはいかないので、そっと抱きかかえてベッドへ運ぶ。
幸いなことに、息を乱すことさえしなかった。
ここまで深く眠るなんて。
本当はずっと眠かったんじゃないのか。
明日は休日だけれども、今日まで働き詰めだったし寝たかったのでは?
無理をしてまで、祝う必要なんてないのに。
少しの怒りと冷めた感情。
いつも彼女が怒る、僕の悪い思考癖。
やめた方が周囲との関係良好を保てるのは、わかってはいる。
納得も理解もしていないし、ましてや実行なんてしていない。
こんな僕よりも、もっといい人がいるよ。
そう言った僕を思いっきり殴ったのが彼女だった。
驚いたなんてものじゃなかった。
言葉も出なかった。
酷い、痛い、なんて言おうものならもう一発くるところだった。
泣きそうになった僕よりも先に、彼女が泣いて更に驚いたのだけれど。
ぐたっとした状態の彼女を寝かせて、布団をかけてしまう。
少しだけうめいたみたいだが、やはり疲れているようで起きない。
静かに離れてリビングのソファに戻った。
ふぅ、と一息ついて缶ビールを開ける。
一口飲んで、冷えたアルコールが全身に回るような感覚に浸る。
大人になったななんて今更老け込んで思うことじゃない。
酒もたばこも免許も、結婚も。
何だって自分の意思で出来る。
カチ、
あと数分で僕は年を取ることになる。
一年経った。
でも僕は変わらない。
ずっとこれからも、変わらない。
「・・・・・・・・」
静寂に耐え切れずにもう一口。
グビ、と喉がなるのが分かった。
彼女がいなければ、こんな風に起きて待っていることもしなかっただろう。
自分に向き合うような静かな時間。
「忙しい」と口癖の様に言う毎日では考えられない事だ。
世界から隔絶されたような恐ろしさもあるけれど、もっと違う何かも感じる。
あぁ、それは何だと考えているうちに日付をまたいだ。
そして鳴り響くクラッカー。を握る彼女。
狸寝入りをしていたのか。
道理で起きないわけだ。そもそも寝ていないのだからこれはおかしいか。
道理で、大人しいわけだ。
彼女の寝相は酷い。言語同断としか言いようがない。
だからいつまでも同じ寝具で寝ることはできない。
「誕生日、おめでとー!」
深夜0時に騒音を出して平気な顔をする彼女を見て、僕はまた一つ皺が増えた。