第九話 おじいちゃん
久しぶりに会うおばあちゃんは少しだけちっちゃくなっていた。自分が成長しただけなのかもしれないとも思ったが、それでもやはりちっちゃかった。
くしゃくしゃになった落ち葉のような笑顔で迎えるおばあちゃんの後ろからは、木の彫り物のような笑顔をしたおじいちゃんが迎えてくれた。電話では気がつかなかった静けさと暗さがそこにはあった。
電灯をともしても貫けないどんよりとした厚い雲が家の中に広がっている気がした。
お邪魔します。陽樹の大きな声に救われるように僕も声を出した。
いらっしゃい、と言うおばあちゃんの声は、電話で聞くものと違い、どこか細く乾いていた。僕にとって成長の五年間はおばあちゃん達にとって衰退の五年間なのではないだろうか。そう感じると何だか泣きたくなった。
一通りの挨拶を済ますと八畳の居間に通された。居間からは昔と変わらない庭が見え、隣に連なる八畳の寝室は襖を開けることによって居間と繋がり無駄に広くなった。居間の中心に置かれたテーブルにはどうやっても四人では食べきれないほどの量のおかずが並んでいた。
時がここではただ流れた。
勉強はがんばってるかね。おじいちゃんの五年前とお暗示質問に、ええ、まあ、と答える。とても今日もサボってここまで来てます。なんて言えず、僕は陽樹との関係を説明し、あまり好きでない奈良漬を口にし、ご飯といっしょに租借した。山葵漬けが嫌いな僕にそれならと言って準備してくれた奈良漬けを食べないわけにはいかなかった。里芋を醤油で付け口に入れ、ほうれん草の胡麻和えを口にしようとした瞬間それは起こった。
ごほごほ、と咳き込む音に反応し、その先を見ると、海老の様に背中を丸め、さらに小さくなったおじいちゃんは口から何かを吐き出していた。吐瀉物の酸味を帯びた匂いが僕の鼻腔にたどり着く。
「おじいちゃん、おじいちゃん」
おばあちゃんが何度も叫ぶ。
反応が弱くなりうなだれるおじいちゃんに向かって身体を揺り動かす。
何が起きたのか全く理解できない僕は一歩も動けず、箸でほうれん草の胡麻和えを宙に浮かせたままだった。
ただ、おじいちゃんはこのまま死んじゃうのかな。他人事のように冷たく考えていた僕は、おじいちゃんはテレサ・テンが好きだったな。なんてどうでもいいこ事を思い出していた。みんな死んでいった。おじいちゃんの言葉が頭をよぎる。
「じゅん」
陽樹の声に我に返りようやく何が起きたのか理解し始めた。
「ようき」
独り言のように呟く僕に陽樹は親戚が近くに居るか聞いてきた。ようやく少し落着き、叔父さんに電話をする。今おばあちゃんの家に遊びに来ていたんですけど、そこまで言うと胸から悲しみが込み上げてきた。電話で現状を説明しながら、この間にもおじいちゃんが死んでしまうのかもしれない。そう思うと胸が詰まった。
おばあちゃんがおじいちゃんの傍で泣いている。
電話をしている間に救急車が家の前に止まった。僕は病院に着いたらまた連絡します。と電話を切った。
陽樹はとにかく手際が良かった。救急隊の人に状況を説明しながら、救急車に乗り込んだ。陽樹は基本的におばあちゃんの近くで声をかけていたが、時折僕のほうにも大丈夫かと声をかけてくれた。