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  作者: ホタル
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第八話 到着

 五年ぶりに訪れた静岡はまるで知らない土地になっていた。


 覚えていなかっただけなのかもしれないけれど、前に訪れたときには確かにスターバックスもお洒落なシュークリーム屋も無かった。


 ロータリーから少し離れた広場からはジャズが聞こえてきた。ジャズカーニバルと掲げられた看板の下のステージでは、楽しそうに三人組みが歌っている。周りに聞く人は殆どいなかったけれど、だからこそ聞かせるためでなく歌うためにこのステージを建てたのだと思うと、ジャズの音楽が心地よく耳の奥に響いた。


 おばあちゃんの家の近くまでバスで向かいそのまま家に寄らず海へ向かうことにした。


 バスを降り大通りを横切り、小さな脇道に入ると少しずつ昔を思い出す。


 途中にある古ぼけた木造の小屋からは五年前と変わらず牛の匂いがした。不慣れな匂いに顔をしかめる陽樹とは別に、僕はなんだか懐かしくなってへらへら笑った。


「何にやついているんだ、気持ち悪い」


 陽樹の悪態にもへらへらは治らなかった。海までの道のりは殆ど五年前のままっだ。牛の匂いの先にあるシラスや黒はんぺんを売っている小さな練物屋も、細く消えてしまいそうな道も、そしてその先にやっと見えた浜辺、どれも埃を被った記憶がのそのそと這い出てくるようだった。


「うみ」


 陽樹が小さくつぶやく。


 ああ、着いた。僕はそう言って陽樹と顔を合わせると二人で笑い合う。


 だけど、昔より小さく見える浜辺は確かに汚れていた。ペットボトルは散乱し、ビールの空き缶は転がる。汚くなったな。小さな独り言を言うと、


「何で片付けないんだろうな」


 陽樹はそう言ってごみを拾い出した。


「いいよ、陽樹」


 独り言が聞こえていたのかと思うと、何だか陽樹に悪い気がした。


 陽樹は無視して拾い続ける。


「少しだけ拾おうよ。全部でなくていいからさ、来た時より少しだけ綺麗にしてここを出ようぜ」


 陽樹の言葉が嬉しかった。僕も足元に半分だけ埋まったペットボトルを拾う。


「あの人も海とかに感動するのかな」


 拾いながら言葉が零れた。


「あの人だって人間だもの、感動だってするだろう」


 しばらく二人で黙ったままごみを拾う。海辺には様様なごみがあった。ペットボトルやタバコの吸殻はもちろん、ビニル袋、コンビニのおにぎりの袋にはツナマヨネーズと書いてある。拾いながらおじいちゃんと二人で来た海辺での思い出が滲んでくる。おじいちゃんは遊びに行くと、いつもこの海辺まで連れてきてくれた。浜辺に着くと決まって戦争の話をしてくれた。おじいちゃんが話す戦争の話は残酷差や悲惨差よりも静かで美しい物語のようjに聞こえた。ただ、みんな死んでいった。と悲しそうに言う最後の言葉は脳の底にこびり付いて、忘れられなかった。


 小さい浜辺は一時間ほどでかなり綺麗になった。僕と陽気は一番綺麗な場所で寝そべると暖かい砂が僕らを優しく受け止めた。


 すっかり紅く染まった空の下で、深い藍色の海が静かに存在し、並みの音が僕らの耳に届いた。


「海と小説、どちらに感動するかな」


「ほれてんなぁ」


 陽樹がこちらを向く。


「そうなのかな」


 別に付き合いたいとか、どうしたいとかいうのは無かった。ただ気になるだけだったが、これが恋心という物なのかもしれないと思うと、なんだか照れ臭かった。


 高校の頃に付き合っていたユキのことを思い出す。当時ユキのことを好きだった。だから付き合った。ユキは可愛かった。顔が整っているというよりも猫のようになついてくる性格が好きだった。けれども本当に好きだったのだろうか。今思うと、なんとなく違ったものなのったった気がする。好きだとか、愛しているだとかの言葉によって裏付けされて出てくる感情はまるで張りぼてのようなものだった。感情が溢れて出てくる言葉でなく言葉から出てくる感情。その言葉さえも時として意味の解らない焦燥感から発せられていた。確かに好きではあった。だけど、それだけでもあった。


 そこまで考えて陽樹のほうを降り返ると陽樹は携帯で話をしていた。多分彼女だろう。


「今日これからどうする?」


 陽樹は携帯を手で抑え、少し遠ざけて聞いてきた。


「そうだな、ばあちゃんに電話してみるよ」


 陽樹は解かったと言うと携帯に戻ると、また後で連絡すると言って電話を切った。おばあちゃんに電話しようと除いた携帯の時間はもう七時くらいで、僕は少し慌てて電話をかけた。もし帰るとしたらそろそろ限界の時間だった。


「もしもし」

 

「はい、もしもし鈴木です」


 正月の挨拶依頼に聞く、おばあちゃんのゆっくりとしゃがれた声は元気だった。


「もしもしおばあちゃん、順だけど」


「あら、順君元気だった?」


 のんびりとした声が返ってくる。


「いま静岡にきているんだ」


「あらそうなの」


 説明の前に用件に入る。


「友達と来ているんだけど、今日おばあちゃん家泊まっていいかな」


「いらっしゃいよ」


「ほんど?ごめん、突然で」


「気をつけてきなさいね、楽しみにしてるよ」


 母親にも電話をし、ぼくらはおばあちゃんの家への道のりをあるいた。


 蝉はまだないていないが、海辺からすこし離れた草むらからはコウロギが羽をすり合わせる音色が聞こえた。夏という季節が、ここ静岡では少し早く来ていた。


 途中陽樹は何度も俺も行っていいのかと聞いてきた。人数が多いほうがばあちゃんも喜ぶから。そう言うと陽樹はようやく納得した。

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