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  作者: ホタル
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第七話 海へ

「父親を殺した?」


 陽樹の言葉に驚きながら、彼女ならやりかねないと思った。


「まあ、先輩が面白半分に言っていたことだけれどね」


 当然そんなことがあるはずも無い。けれど、父親殺しという言葉は解けない氷のように冷たく耳に残ってなかなか離れない。


 殺して欲しい。


 彼女が学食で言っていた言葉を思い出す。


「ほんとかな」


 僕の言葉に陽樹はしばらく黙る。


「訊いてみたら?」


 黙って頷く。でも、すぐに訊けるはずも無いだろうと思い直す。


 授業中だということを思い出して前を向くと、大きく白いスクリーンに教授は訳の解らない文字を並べている。


「なあ」


 陽樹の声に振り向く。


「うみ」


 ポツリと陽樹は言葉をこぼした。


「うみ?」


「そう、海いきたくね?」


「ああ、いいねえ、いつ行こうか」


「今から」


 ギャグで言っているのかと思ったけれど、陽樹の顔は笑っていなかった。


「しょうがないなぁ」


 そう言って僕と陽樹は、もはや意味不明となった授業を潔く抜け出した。


 外は晴れていた。陽射しは心から少しだけを汚いものを取り除いて身体を通り過ぎていくようで清清しい。駅までの途中にある公園を歩きながら漠然と今日は晴れで良かったと思った。


「天気いいな」


 僕の声に陽樹は頷く。


 おばあちゃん家があるからというただそれだけの理由で僕らは静岡へ行くことにした。


 東京駅に着き東海道線に乗り込むと車内には、スーツを着たサラリーマン風の男が二人の男、老夫婦と思われる二人組み、三才くらいの男の子を連れた女性と僕ら二人だけだった。東京から離れるにつれ民家は減っていく。たまに通り過ぎる工場の影はもう夏になるというのにとても冷たい感じがした。


 そして僕の頭の中では、こんなときでもやはり彼女のことを考えていた。もしも彼女が同じ電車に乗っていたのならば、きっと彼女は本を読み始めるに違いない。学食の時と同じようにページを捲り、彼女の空間を造っただろう。ぼくは目を瞑り彼女が造るその空間を想像し大きく息を吐いた。


 ふと彼女がナイフを持っている姿が浮かんだ。


 暗闇の中、彼女は少しずつこちらに近づいてくる。


 冷たく真っ暗で見えない廊下を、裸足のまま、


 それは暗闇に存在する白いシルエットだった。


 父親殺し。陽木の言葉が思い出される。彼女は白くぼやけたナイフを振り上げる。


「うみだ」


 突然の叫ぶ陽樹声で我に返って少しだけ寝ていたこと気がつく。


 陽樹と同じように窓の外を見ると確かにうみが広がっていた。


 海は当たり前の存在だった。彼方まで広がり、どこまでも青く光を反射させる。波は作られ、白い泡を出しては崩す。その繰り返しは、僕らの日常よりも永く幾度も繰り返されたいたのだと思うと、彼女のことなど取るに足りない些細な問題なのだと思った。


 でも、そんな取るに足らない問題に振り回されるほどじぶんがちっぽけなんだだとも思った。


 そのまましばらく遠くに見える波を見ているうちに、何故だか少しずつここまで来ていることを後悔しはじめていた。


「彼女の鬱が伝染したかな」


 僕の言葉に陽樹は一瞬こちらを向いたが、何も言わず直ぐに海の方へを目を戻した。


 何故こんなところに来てしまったのだろうか。


「おまえ、またあの先輩のこと考えていただろ」


 陽樹がこちらに振り返りながら聞いてくる。


「いや」


 無機的な回答をする。図星だったから。


「確かに美人だけれど、辞めといたほうがいいんじゃないかな」


「辞めといたほうがいいって、べつに」


 そう言いながらその質問から逃れるように海を見た。海が途切れると茶畑のだんだんが広がりを見せ始める。そらは悲しいほどにまだ明るい。


「あの先輩、彼氏いるみたいだぜ」


 陽樹の言葉に、バイト先に来たスーツ姿の男を思い出す。


「しってる」


 なんだ、しっていたのか。陽樹は少しほっとしたように言う。


「この前バイト先に来たんだ。スーツ着てたから、社会人なんじゃないかな。いっしょにいて退屈そうだったけど」


 そう言いながら、本当に退屈だったのは自分だったのかもしれない。と思い直す。


 海を眺めたまま話す言葉に陽樹はただ頷く。何となく気まずい空気が流れ、二人とも黙り、電車の走る音に耳を傾けた。一定のリズムを聞きながら目を閉じるとさっきまで眺めたいた海を瞼の裏になぞる。


 そのまま何時の間にか再び僕は寝ていて、陽樹に起こされるまで一度も起きることはなかった。

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