第六話 食堂にて 〜後編〜
「つまらないですか」
「つまらない」
僕の質問に彼女が即答する。
そして悲しい人なのだと思った。
「彼氏いるんですよね」
僕は彼女の薬指にはめられたリングに目を向け、四日前のことを思い出す。
「いるわ」
彼女はそう言ってリングに触れると一度だけくるりと回した。
「彼氏がいるのにつまらないのですか」
「彼氏なんて本当はいらないわ」
彼女は眉間に皺をよせた。見逃すほどに瞬間だったけれど、確かに。
「じゃあ、なぜ付き合っているのですか」
なんだかむかついた。
彼氏や彼女がいるから必ず幸せなのだと思っているわけでもないえれど、じゃあ、四日前の彼女の笑顔も嘘だったのだろうか。そう思うと、馬鹿にされている気がした。
「にげるため」
彼女の声が静かに響く。
少し残った蕎麦は干からびて、僕はそれを返却口へと持って行った。
自販機に金を入れボタンを押すと、ガコッと缶コーヒーが音をたてて落ちてきた。
「ねえ、もし貴方が私の彼氏で私のことを本当に愛していて、そんな私が心から望んだならば、私を殺してくれる?」
缶コーヒーを一口飲むと甘ったるさが口の中に広がる。
「いいですよ。どうやって殺して欲しいですか」
僕は真顔で答えて見せる。
「砂のように粉々にして」
立ったまま缶コーヒーをテーブルの上に置くと乾いた音が響いた。
次の瞬間彼女が笑った。
鼻から息を流すように。
「できないくせに」
むかついた。
「悲しい人ですね」
今度は意識的に精一杯の皮肉を吐いた。
だから死にたいの。
そう言った彼女の目は寂しそうだった。
冷たい空気に僕は戸惑い、それを隠すように缶コーヒーを飲み干した。
いつの間にかサークルの集団は帰っていた。
「帰らないんですか」
僕の質問にもうちょっとだけ本を読んだら帰るわと答え本に視線を送った。
「解りました。でも、お話できて嬉しかったです」
素直にそう思った。
「私もよ」
彼女はそう言って本を開き読み始めた。僕は荷物を持って彼女に背を向ける。
歩きながら、私もよ。という言葉を心でかみ締めると笑顔がこぼれた。
外に出ると、ぬるい風が通り過ぎていった。空は見ると群青色をしていた。