第五話 食堂にて 〜前編〜
次の日から風邪をひき、三日間学校を休んだ。
陽樹は馬鹿だと笑い、母親はアホだと呆れ、自分でも間抜けだと思った。
三日間爆睡をして四日目、万全な体調になったため珍しく最後まで授業に出ると外はすでに暗くなり始めていた。サークルに顔を出すという陽樹と別れ、僕は学食へと向かった。
学食に入るなり彼女を探していた。いつものように本を広げ、いつものような空間を創りだし、彼女はいた。彼女以外はテニスサークルのグループが六人でキャンプの企画について話をしているだけだった。僕は盛り蕎麦を買い、彼女の席の真向かいまで行き声をかけた。
なんとなくそうしたくて。
「ここいいですか」
花は静かに本から顔を覗かせると、どうぞ。それだけ言ってまた本を読み出した。
カヴァーが外された本には、『人形の家』とあった。僕はしばらく蕎麦を食べながら、彼女の姿を眺めていた。
上下にリズムを刻む黒目は決してこちらを見ようとはしない。
もちろん彼女は僕のことを知っているわけもない。彼女にとって僕は唯の他人なのだかそんな反応は当然だ。
でも、無視されている気分になった。
しばらく彼女の姿を眺めながら、彼女の肌の白さは本当に生きている人なのかと思わせた。遠くで感じた存在感は近づくことでぼやけて、彼女はここに居るのか不安になった。
瞬間、僕は本を取り上げていた。本を右手で掲げている僕を彼女はやはりただ見上げた。
「すみません」
そう言って掲げた本を元あった彼女の手に戻した。僕は蕎麦に目をむけ一口すすると、二ページほど読み進めた彼女はこちらをみた。
「あの、何故本を取り上げたのですか」
僕は慌てた。
「いや、すいません気づいたらとってました。理由なんてありません。ほんとすいません」
ふぅん、彼女はそれだけ言って本に視線を戻し、本を再び読み始めた。+
「でも、いつも本を読んでいます」
なんとか話題を変えようとして話した瞬間後悔した。
いつも見ています。と告白しているようなものだと気がついたから。
「ええ、暇つぶしに」
彼女はそんな僕の気持ちに気がつかず質問だけに応える。
「ずいぶん暇なんですね」
僕は冗談ぽく言った後に、皮肉な言葉だと気がついた。
「ええ、死にたいくらいに」
真顔で答え、花の視線が僕の目を貫く。
「あなたは生きていて楽しいの?」
視線の後に言葉が突き刺さる。
「楽しいですよ。それなりに」
困惑しながら答える僕に
「羨ましいわ」
彼女はそうこぼした。