第二十二話 自分の気持ち
「夏休みから俺、留学しようかと思うんだ」
次の日の昼休み、姉貴の話にひと段落すると陽樹は簡単そうにそう言った。
「どれくらい」
少し声がくぐもる。
「少なくとも半年、長くて一年かな」
陽樹はいつの間にかそんなことを進めていたのだろうか。
けど、陽樹らしいとも思った。
「彼女やサークルはどうすんだ」
「サークルはやめるよ」
次の言葉を待つ。
「彼女は、あいつはあいつの好きにすればいいと思う。何を言われようが、もう行くことに変わりないし、もしそれで別れたいって言うのならおれは仕方ないと思う」
陽樹はぬるくなった水をすする。
「でも、一年くらいだし、まったく会えないわけでもないから、たぶん大丈夫だと思うよ」
そう言った陽樹は少しだけ寂しそうに笑った。たぶん陽樹だって不安はあるだろう。彼女のことも、外国での暮らしのことも。
陽樹の彼女は高校の頃のバイト先で知り合ったと言っていた。一度だけ顔を合わせたことがあったけれど、控え目でおとなしい子に感じた。彼女はなくだろうか。でも案外強い子なのかもしれない。
そんな不毛な思考を陽樹は遮った。
「おまえ、あの人とどうなったんだ」
「どうって」
目をそらすと陽樹はそれに気がついた。
「興味深い反応だな」
僕は観念して口を開く。
「今日、彼女も休んでいることだし」
陽樹は追い打ちをかけたが、昨日あの後彼氏と会ってどうなったのだろうか。知りたいのは僕の方だった。
「彼氏と会うって言っていた」
どこまで話していいのか分からず、とりあえずといった感じで陽樹に話し始めた。
一通り話し終えると少し納得したように頷く。そして一言
「で、お前はどうするんだ」
陽樹の言葉が刺さった。
「どうするって?」
白い雪が心に積もっていくようだった。
「お前、あの先輩のこと好きなんだろ」
「そうかもしれない」
自分の答えが自分で意外だった。
これを好きだという感情なのだとしたら、いつの間にこの感情は生まれ、いつのまにか大きく育っていた。
彼女のことすが好きなんだ。
改めて気が付くと悲しみがこみ上げてきた。
好きだからとといて、今の自分に出来ることは何もなかった。
できることといえば絶望的な未来を悲しむことだけだった。
ただ、涙は流れなかった。隙間風のようにひゅうひゅうと肺から空気が漏れた。
「まいったな」
僕は動揺して呟いた。
感情が広がる。
「おれ、今日大学やすむわ」
そう陽樹に残すと学食を出た。