第二十一話 赤ちゃん
言葉を見つけたのは彼女の方だった。
「これから彼氏にあうの」
大学での言葉を思い出す。
「スーツ姿のですか」
「そう、あの時のスーツ男」
僕の質問に彼女はうっすら笑って答える。
「頑張ってください」
なにを頑張るんだか分らなかったけれど、そんな言葉しか出せなかった。なんでも頑張れば解決するわけでもないのだけれど。
「ありがとう、もう少しで彼が来るから」
お姉さん本当におめでとう、最後にそう言って電話は切れた。
切れた瞬間、余韻が残った。彼女の声の残像が耳にこびりついたようだった。
携帯をしまい、再び病院に入るとおばあちゃんになった母親が僕を呼んだ。
「見てみる?あかちゃん」
僕は頷き分娩室に入った。
姉貴の横で、小さなしわくちゃな物体が寝ていた。これが赤ちゃんなんだ。
「どう、私のあかちゃん」
姉貴が笑った。
「うん、さるみたい」
そうでしょ。姉貴はまた笑った。
裏口から足音が近づいてきた。
遅れてきた義兄さんだった。
「がんばったね」
開口一番姉貴にそう言うと、姉貴はパパだよ。と言って赤ちゃんを少し起こした。
陽樹にもメールを入れると、おめでとう。と返ってきた。
月を見ながら、僕は出来るだけ過去を振り返った。どんなに頑張っても幼稚園より前は思い出せなかった。
幼稚園の時はやんちゃだった。
仲のいい友達と棒きれを振り回し、毛虫を集め、泥団子を作っては好きな女の子にぶつけていた。
そして十年後を考えた。赤ちゃんは生意気ながきになっているだろう。親父は定年退職をし、おじいちゃんは元気で生きているだろうか。そして、僕は何をしているだろうか。ちゃんと生きているだろうか。
不安になると悲しくなった。
月に隠れるように少しだけ泣いた。