第二十話 出産
駅から出ると母親からのメール。
―すぐに病院に来るように―
姉貴のことだと思った。
僕は興奮しながら病院へ向かう。自転車ですぐの病院では親父が心配そうに白いドアを眺めていた。
中から姉貴のうめき声が聞こえる。
静かに細長く広がる廊下に姉貴の声が響く。
泣き叫ぶ姉貴に助産婦がさんが励ます。
大丈夫。頑張れ。
僕も心の中で応援する。
助産婦がラマーズ法を指示する。
ひっひっふー。
一秒一秒が永い。きっと義兄さんだったらもっと永く感じただろう。手が汗ばんでくる。
姉貴は僕が来る前から苦しんでいる。子供を産むという苦しみに。
誰だって母親が苦しん生まれたんだ。僕だって彼女だって。彼女の苦しみは解らないけれど、同じように彼女だって、彼女の母親の苦しみは解らないだろう。
一瞬時が止まったような静けさが広がった。
んなぁ、んなぁ。
猫のようななき声が聞こえた。
おめでとうございます。助産婦さんの声だった。ありがとうございます。そう言った姉貴の声は湿っていた。
僕も泣いていた。おめでとう。今日から姉貴は母親になった。
外に出て、携帯で電話をする。
相手は彼女だ。
少しでもいいから子供が生まれた感動を伝えたかった。
「もしもし」
きっと僕の声は震えていた。
「もしもし、どうしたの」
彼女の声は落ち着き、だkれどはっきりしていた。
「たったいま、姉貴に赤ちゃんが生まれたんです」
「そう、おめでとう」
彼女の声は相変わらず冷静だった。けど、どこかに暖かさを感じたのは、この病院前があまりに静かだったからだろうか。
「ねえ、あなたはきっと愛されていたんだと思う」
「どうかしら」
「だって、もしそうでなかったら、貴方は生まれていなかったと思うんだ」
返事まで時間がかかる。
「そうかもしれないわ。けど、私の感情はなかなか言うことを聞いてくれないのよ」
そこまできいて、彼女は解っていたのだと思った。愛されていることも、そしてそう言った理屈でないことも。
「ごめん、突然電話して。迷惑だったかな」
少しずつ冷静になる。
「そんなことないわ」
すでに言葉を探し始めた。何でそんな人と今こうして電話しているのだろうか。