第二話 食堂の彼女
彼女は花のようだった。
いや、事実その数少ない動作はまるで風に揺らめくようだったし、その存在の自然さといえば、他の表現の仕様がなかった。
人ごみの溢れる学食に咲く花。
彼女は常に文庫本を読み、こちらを見ることは無かった。彼女の周りは特別だった。彼女の創りだしている空間というのは、どんなに周りが騒いでいようとも、揺るがない静寂を創りだしていた。
誰にも、何にも飲みこまれずに存在するその空間は絶対的で、彼女、というよりも彼女が創り出す空間に存在感がある。そんな気がしていた。
静寂は人を遠ざけるのだろうか。彼女が誰かと話す姿を見ることは無かった。
「彼女、めちゃくちゃ頭いいらしいぜ」
いつもの僕の視線に気がついた陽樹がふとそうもらした。
「そうなんだ」
僕がそう応えると陽樹は続けた。
「サークルの先輩が同じゼミで、先輩の代の主席は彼女で間違い無いってさ」
「そうか、彼女は頭がいいんだ」
そう言いながら、彼女がゼミがある三年生なんだということだけを頭に叩き込んだ。
「もう行くのか?」
食べ終わった狸蕎麦の丼を手に持ち立ち上がると陽気が聞いてきた。
「人ごみが嫌いだから先に教室へ行っているよ」
そう言うと、俺は後で行くよ。と陽樹は答えるとお茶を少し残したペットボトルにタバコの灰を器用に落とす。
軽く手を上げると陽樹もそれに応えた。タバコからは一筋の煙うっすらと伸び、少し揺らめいて消えていく。
丼を持っていく途中、彼女の空間を横切る。彼女は僕に気がつかないまま本のページを捲った。後ろを通り過ぎる瞬間、声をかけようか。というよりかけてみたい願望に囚われた。でもそれは一瞬で、迷っている間に通り過ぎ雑踏が戻った。
僕はいつものように返却口に丼を戻し教室へと向かった。
階段を上る度に後ろの雑踏が遠ざかると、授業へと気持ちを切り返っていった。