第十八話 ひよこ
三日間、週末の土曜日曜を入れると五日間彼女は大学に来なかった。
すっぽりとあいた彼女の空間は唯一の主をなくして悲しそうだった。
「そんなに心配なら携帯くらい聞いておけばよかったのにな」
陽樹の言葉がささる
「もう来なかったりしてな」
陽樹は笑ったが、笑えなかった。何で陽樹はそんなことを言えるのだろうかとすら思った。
そして彼女がいつもの席に来た日。
「行ってきなさい」
ほとんど一週間ぶりに出来た風景を見て陽気は僕にそう言った。
「行ってくる」
まるで夫婦のような会話を交わし、彼女の方へ行こうとしたが、やめた。
陽樹に、大勢の人に話しているところを見られるのが少し恥ずかしいと思いなおした。理由はわからないけれど、何となくそんな気がした。
すべての授業を終え、学食にいった。
彼女は文庫本を読んでいた。
少し高鳴る鼓動を何とか落ち着かせ近づくと、慣れない場所に初めてきたような異質な感じがした。
彼女は本を読んでいるのではなく、ただ眺めていた。本と自分との間の空間を眺める彼女の指には相変わらずリングが鈍く光っている。
「おひさしぶりです」
彼女はびくっと小さく肩を震わせていた。そして僕を見ると不器用に笑った。
僕は言葉を探す。
「うみ、いつ行きますか」
やっと探しあてた言葉は間違っていただろうか。
「あの日」
彼女がゆっくりと口を開く。
「あの日お父さんに話したわ」
「それで」
僕は覚悟を決めるように静かに椅子に座った。
彼女は続ける。
「一言だけ、ごめんて」
彼女の顔はきれいだ。でも、機械のように冷たい美しさだった。彼女が言葉をとぎらせる度にカリカリとパソコンような音が聞こえてきそうだった。
「それだけ?」
促すと一瞬視線を落とした気がすた。
「お前はここで住めって言って家を出ちゃったわ」
彼女は笑おうとして失敗する。
彼女は死んでしまうのではないかと思った。縁日で死んでしまったひよこを思い出す。夜に死んでしまったひよこは、そのまま部屋に置いておくのが嫌だったので玄関に置いた。
次の日にはたくさんの赤蟻がひよこにたかっていて足が半分もって行かれていた。
怖くなった僕は泣きながら庭に穴を掘りひよこを埋め、割り箸をさした。
割り箸にはひよこごめんなさい。と汚い文字で書いた。
そして今回、相手が人間になっても僕は何もできない。ひよこすら守れない人間がどうやって人を救えるのだろうか。
久々の投稿です。五年前に作ったこの作品。いま読み返して恥ずかしいけれど、いい作品だと思います。だからとりあえず全部載せようと思いました。