第十七話 炭酸
次の日授業が終わるといつものように学食に行く。
昼休みにはいなかった彼女がいつもの場所で本を広げていた。
コーラを買い、彼女の前に行くと彼女は本を閉じた。
「どうも」
僕の言葉に
彼女は答える。
思ったより元気そうだった。
その瞬間キスしたことを思い出す。
「この前はごめんなさい。少し飲み過ぎちゃったみたいね」
少しずつ彼女の人間さに触れるたびに彼女も確かに人間なんだと安堵した。ふとリングのことを思い出して覗きこむ。
「このリング彼氏からもらったものじゃないの」
彼女は僕の視線に気づくと笑顔でそう答える。
「お父さんのこと愛してるんですね」
「穢れてる?」
彼女は再び笑顔をみせるけれど、それはひどく不自然にみえる。
だから
「穢れていますね」
そう答えた。
「正直ね」
そう言って彼女は表情をゆるませた。
「彼氏の事はきらいなんですか」
「嫌いじゃないわ」
「そう」
僕はそっけなく答える。
もう全部くだらない。
そう思い始めていた。
「で、どうしたいんですか」
「このままがいいわ」
「そんなん無理ですよ」
「知ってるわ」
そう言うとなんて言ってよいか解らず沈黙が流れる。
誰もいない学食で沈黙が流れると、何だか一気に暗くなったように感じる。時間が経つと電気も少しずつ消され本当に暗くなっていく。自動販売機の光だけが無意味に光り、時折なるモーター音に次の言葉をせっつかされている気がした。
どうでもいい。
だけど、やっぱり気になる。
「お父さんは何て言っているんですか」
「お父さんはまだ、知らないわ」
私が好きだということも、母親から話を聞いていることも。
「言ってみたらいいんじゃないんですか」
僕は適当に答える。だけど間違っていないと思った。
「それもありかもしれない」
すでに炭酸が抜け甘たるくなったコーラを流し込む。
「うみ、きれいだった?」
彼女は話題を代えた。
「きれいでしたよ。とても」
「ねえ、こんどつれていって」
僕は少し困った。
「うみ、みたいな」
彼氏に連れて行ってもらえばいいのに。
そう思いながらも僕は頷いた。
彼女は無邪気に笑う。
静寂が歪む。こんな笑い方も出来る人なんだ。だけど、残酷な笑いだった。無邪気差は残酷差を共有するのだと思った。