第十四話 彼女の心
「ねえ、私はお父さんと血が繋がっていないのよ」
いやな予感がした。
「ねえ、私は母親の分までお父さんを愛さないといけないと思わない?」
彼女は愉快そうに笑う。
冗談なのだろうか、だったらいいのに。そう思いながら彼女を見る。
「じゃあ、あなたはお父さんのことを、父親としてではなく男として愛してると?」
「ごめいとう」
彼女はしきりにリングを薬指につけたままくるくると廻した。ワインを一気に空けると胃の辺りから駆け上がってくるのを感じた。
「ちょっとすみません」
そう言って僕はトイレへ向かった。
何度も途中で吐きそうになりながら何とか便器にたどり着く。消化し切れなかった焼き蕎麦がワインと一緒にぐちゃぐちゃになって吐き出された。
洗面所まで行き、顔を水で洗い情報を整理しようと試みる。
考えれば考えるほど頭はぐらぐらとゆれた。
席に戻るのが怖かった。
トイレを出るとそこに彼女はいた。後ずさりしようとするのをなんとか堪える。
「だいじょうぶ?」
そう言った彼女に僕は何とか笑って答える。
「大丈夫です」
彼女の顔もうっすら紅く染まっていた。
「じゃあ、わたしをころしてくれる?」
何かむかついた。
「殺しませんよ」
僕は続ける。
「誰もあなたを殺しませんよ」
自分で言っていることが解らなかった。
そろそろ出ましょうか。そう言って会計を済ませ外に出る。
月が綺麗にだけど曖昧に存在する。
彼女の髪の毛が目に映ったと思った瞬間彼女はキスをした。
触れるか触れないかの軽いキスはまるで彼女の存在そのままのような気がした。