第十三話 母親
「聞いたこと無い?」
嫌な振りだった。
「さあ」
嘘をつく。陽樹に聞いていなければ良かった。
「あながち嘘ではないのかもしれない」
「どういうことですか」
二つ目のデキャンタがやってきた。
「私はお父さん血が繋がっていないの」
彼女はリングに触れる。一瞬テープルに手が当たり赤ワインが波立つ。
「連れ子とか、養子とか」
言いきる前に彼女は首を横に振る。
「お父さんは母親を愛したわ」
僕は唯頷く。
「母親は一度だけ他の男とセックスをしたの。ゴムも使わずに」
セックスと言う言葉は、彼女から発せられるとそれは唯の言葉だった。
「浮気ですか」
上ずった声で聞くと彼女は頷いた。
「いつそれを知ったのですか」
「七歳のとき、母親は原因不明の病気で入院するとみるみる弱っていったわ。半年ほどしてそのことを私に言うとあっけなく死んでしまったわ」
彼女の言葉は無機的だった。そして、きっと僕に出来ることなんて何も無かった。あのサラリーマンはこういう話をどういった顔で聞いているのだろうか。でも、なぜ母親は死ぬ間際にそんなことをいったのだろう。
「それでお父さんは」
「話を大事に育ててくれたわ」
彼女はやさしい顔をした。
冷たくて優しい顔。
「良かったじゃないですか」
父親殺しのことを忘れながらそんな言葉が漏れた。彼女の優しい顔に。
「そうね」
そして彼女は悲しそうに笑った。
「お父さんのこと嫌いですか」
頭が混乱してくる。
「すきよ」
「じゃあ、何故父親殺しだなんて」
何だか本当に彼女は殺したんじゃないか。と言う気持ちになってきた。