第十一話 居酒屋
次の日僕等は家に帰らないまま授業に間に合わないと解った大学へ向かった。
夕方の大学はどこか寂しい。陽樹は最後の授業には間に合うからと教室へと向かった。僕は手持ち無沙汰のな時間を消化すべく学食へと向かった。
心のどこかで彼女に会えることを楽しみにしていた。学食の扉を開けた瞬間、僕はにやけた。いつもの席にいつもの彼女がいつものように本を読んでいた。
カレーライスを買って彼女の前に立ち、少しその読書姿を立ったままで眺めた。
そしてそのまま向かいの席に腰を下ろした。
彼女はやはり綺麗だった。綺麗というりり美しいといったほうが正しいのかもしれない。
ページを捲る姿は静かで上品だった。
「未だに退屈ですか」
彼女と目が合う。
「飯とか食べないんですか」
どうでもいい質問をする。
「面倒くさいから」
父親殺しの話を思い出す。
だけど言葉には出せない。
「今日、飲みに行きませんか」
彼女は笑った。
僕も笑った。
「いいわ」
意外にも簡単に了承されて驚いた。
僕は急いでカレーライスを飲みこみ
「いきましょうか」
と声をかける。
彼女は再びくすりと笑ってから本をバックにしまうとゆっくり立ち上がった。
駅前まで行くと、落着いた小さな焼き鳥居酒屋があり、そこに入る。
薄暗い店内ではジャズが流れ、狭い個室に入ると少し緊張した。
店員のファーストオーダーに僕はビールを頼み彼女はモスコミュールを頼む。
頼んだ後に彼女がワイン好きだったことを思い出す。
「ワインでなくて良かったのですか」
彼女が驚く。
「何で?」
僕は少しひるんで答える。
「この前自分がバイトしてる店に来たんですよ」
僕はそう言って、店の名前とスーツ男のことを話した。そして、その時にワインを頼んでいたことを。
「ああ、あのときに」
彼女は興味なさそうにそう答える。
そこまで話すとモスコミュールとビール、お通しがやってきた。
お通しはなぜかひじきだった。
グラスと合わせると小さくチンとないた。その音がこの暗さに心地よいと思った。
「本って面白いですか」
話すネタが無くて、苦し紛れな言葉が出る。
「つまらないよ。ただの暇つぶしだから」
次の言葉を捜したが出てこなかった。こんなときにこんな言葉しか出せない自分が情けなく感じ、陽樹も誘えば良かったと思いながらひじきを口にした。
「何故飲みに付き合ってくれたのですか」
気になっていた質問をする。
「退屈だったから」
何だか、楽しませなければいけないのではというプレッシャーを感じたけれど、すぐにそんな器量が無いとあきらめた。
「ザリガニ飼ったことありますか」
いつのまにか自分でも意味の解らない質問に落着いていた。
彼女は首を横に振る。
「食べたことならあるけれど」
「美味しかったですか」
少し生臭い海老のようなものよ。彼女はやはり興味なさそうに答える。まるで全ての事に興味がないのだろうか。死にたいという話を除いて。
「それで、ザリガニがどうしたの」
「いや、小学校の時に飼ってたんですけど」
そこまで言ってビールを飲むと、気泡がのどを通り舌にわずかな苦味を残す。
「最初六匹くらいいたんですけど、ほっとくと共食いをして数が減っていくんです」
「しってるわ」
彼女の目がこちらを見ていると思うとまた少し緊張した。
「それで、結局最後一匹だけ残って、その一匹も結局は死んじゃったんですけど」
彼女は僕の話の意図をくもうとするけど結局それが出来ずに僕の次の言葉を求めるように視線を僕に向ける。実際僕も何を言おうとしているのか解らないけれど、
「なんか、無責任だったかなって」
初めてそんなことを思った。とういより、それまでザリガニを飼っていたことさえ忘れていた。
ザリガニだけではない。縁日で買った雛や金魚、ザリガニのように捕まえたおたまじゃくしだって一週間と経たずに死なせてしまっていた。