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序幕

小説投稿は初めてで至らぬ点もございますが、どうぞよろしくお願い致します。

 

 その瞳、煌々と炎を湛え。

 ――其は伝説なり。

 その翼、綽々と風を凪ぎ。

 ――其は黎明なり。

 その爪、爛々と地を裂き。

 ――其は幻想なり。

 その声、堂々と海を断つ。

 ――其は万象なり。


 そして。

 我らはそれを、竜と呼ぶ。


 燃え朽ちた街を背に、長耳の少女は問う。清廉な白き衣に身を埋め、その瞳は黄昏の色をしていた。

 その傍には獣が立つ。若々しくも鋭き猫人は、竜を前に神妙な面持ちを浮かべていた。


 ――此度は何故、ここに訪れたのか。


 束の間の静寂の後、竜は呻いた。その蒼眼を苦しげに歪ませ、体中に突き上げる鋭い痛みに身を揺らす。空よりも遥かに蒼く透き通った鱗が、陽玉の光を浴びて雄々しげに瞬いた。


 ――まだ、分からぬか。


 少女と竜の隙間を、一陣の風が吹き抜けた。灰と化した地表を巻き上げ、遠方の空を霞に染める。静寂ばかりがその場に満ちていた。音を奪われた空間は、張り詰めた空気がただ震えるのみ。


 ――問おう、竜よ。貴公の苦しみは、何だ。


 ――我が命の礎が、尽きてしまったのだ。


 ――ならば、新しいのを処方しときますね。


 ――あ、ちょっと多めにお願いします。


 竜が爪を伸ばし、少女が掌を伸ばす。受け渡されしは、一枚の書。


 ――これ保険証です。


 ――はい、確かに。あとですね。


 ――なんでしょう。


 ――口内炎で痛いのは分かりますけど、町を壊すのは止したほうがいいと思います。


 竜は再び呻いた。少女の言う事は、至極ごもっともだったのだ。


 ――分量は一日三回、一度に二百錠。飲む量はきちんと守ってくださいね。


 ――はーい。ありがとうございましたー。


 ――お大事にー。

 



「ふう」

 午後のお仕事も、どうにかひと段落しました。

 今日のお仕事は口内炎が出来た古代竜(エンシェントドラゴン)さんに一週間分のお薬を渡す事だけなのですが、それが中々骨が折れる作業なのです。


 あの方どうも自分がヤンチャしてた頃の輝かしき栄光を引きずっているらしく、あんな感じの「ファンタジーものに良くありそうな対話形式」じゃないとまともに口も利いてくれないのです。世界と共に誕生したっていう古代竜さんですから、まあ逆らう訳にもいきませんしね。


「問おう、竜よ。此度はなぜ、ここに訪れたのか」 

「助手さん、半笑いで真似しないで。やめて」


 私の傍で神妙な面持ち――もとい、笑わないように食い縛っていた助手さんがここぞとばかりに煽ってきます。言ってしまったことは事実ですし、割とノリノリだっただけに返す言葉がみつかりません。

 精根を抜かれてぐたりと垂れ下がった耳を掻いて、私は重い足を燃えてしまった街並みに向けます。

 精密に敷き詰められた石畳の大通りは爪に穿り返され荒れ果てていました。白塗りの壁はところどころが焔に炙られ溶けて、もうこれ完全に前時代的前衛的びっくりどっきりアートです。口内炎なんだから火ぃ吐いたら痛いだけだというのになぜ放ってみたのか、出来心なのか古代竜さんよ。ええおい。


「助手さん。これ、ひょっとして私持ちなんですかね」

「患者のケツは医者が拭う。確かせんせー、以前にそう仰ってましたっす」

「言ってない。断じて言ってないから」


 ともかく、この有様が街長さんに露呈する前に逃げることにしました。案ずるより産むが易し、言い訳するより逃げるが勝ちとはよく言ったものでした。流石に前科四犯、いくら社会的権威の高いお医者様だってそろそろ極刑に達するレベルのカルマ量を積み上げてしまいます。嫌です、市中引き回しとかダサいし痛いし嫌です。


「さっさと行きますよ、助手さん。これは誰も責められる者のいない、いわば事故です」

「それ多分せんせーが決める事じゃ……」

「聞こえません」

「ぐおおお痛い痛い! 尻尾は! よくない! っすー!!」


 あーだこーだ言っている内に人ごみが形成され始めてきましたので、そそくさと退散。途中で「あれリコリス先生じゃね?」って声が聞こえてきたような気がしますが、もうこの際全部気のせいにしてしまいましょう。いえーい太っ腹。いえーい。


 そういえば言っていませんでした。私はリコリス、ナガミミ族の一級薬法師です。

 よく治癒系魔術を使って体を癒す医術師のやろーと間違えられたりしますが、医術師の無能どもが外傷しか治せないのに対して私共薬法師は口内炎から腰痛、末端神経の痛みやらぎっくり腰までエトセトラエトセトラ、要するに身体の内部に生じる穢れを取り除くことができるんですね、わーすごーい。

 ……まあ一瞬で治しちゃう魔術と違って、薬や自然治癒力に頼るので完治は遅いですけど。


「せんせー。どうせならお夕飯の買い物していきましょー」


 ちなみに、大の大人の癖に私の前で飛び跳ねてるこのネコヒト族が私の助手兼小間使いのケトルです。もっふもふで青みがかった灰色の毛皮を持っているぐらいしか大した特徴はないです。あとなんかいっつも眠そうに惚けたツラをしています。道端ですれ違って「あ、こいつ殴りてー☆」ってなったらそれが多分ケトルです。我ながらひっでえと思います。でも事実なんですよ、んでこれがまた腹立つくらいにかわいらしい。

 因みに青灰色の毛皮ってすっごいレアらしいので、お金に困ったら売り払いたいと思ってます。冗談です。


「せんせー。はやくはやくー」

「はいはい、今行きますって」


 そんなこんなで、私は薬法師としてこの街で診療所を開いています。東は竜から西は虫まで、多種多様にも程がありすぎる患者さんのお相手は大分骨が折れますが、これが案外楽しいものなのでした。


 ほのぼのしんみり系なんちゃってドクターファンタジー、今日もゆるゆる開業中。

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